碧人番外編 〈ウラ・イミテーション〉5.デート

文字数 2,258文字

  カップルや子供連れで混雑するショッピングモール。

 駅で合流した時の軽やかな足取りはどこへいったのか、僕の隣を歩く瞳から一切のやる気が感じられない。

そんな罰ゲーム受けてるみたいな顔で歩かないでよ。デートの意味ないじゃん。
意味なんぞあってたまるか。

 ふん、と鼻を鳴らす瞳。最初こそはこの顔に溜飲を下げたけど、そろそろ別のリアクションが欲しい。

 『デート』なんだし。

瞳、あそこに入ろう。

 ちょうど見えたカフェテリアを指差す。ピンクと白の外装は、いかにも女性受けしそうな可愛いもの。形成されている行列は女性の比率が高いけど、カップルらしき姿もちらほら目立つ。僕が知りたい『恋人のデート』を体験するにはちょうどいいんじゃないだろうか。


嫌だ。
甘いもの、嫌いだっけ?
ああ。
でも、ハルと付き合ってた時、よく行ってたんでしょ?
……何で知ってる。
ハルから聞いたことあるから。

 正確には、聞いてもいないのにハルが勝手に話していただけ。あくまで気が合うダチ同士だからって強調していたけど、あれはどこからどう聞いても惚気話だった。だから、すぐにハルと瞳が恋人関係にあるって知ったんだ。まったく、知りたくなかったけど。

 僕の返答に瞳は眉間の皺を更に増やして、はあ、とため息を吐いた。

ハルが行きたいとうるさかったから付き合ってただけだ。
そうだろうね。でも、ハルはすごく楽しそうに話してたよ。
……こんなところに連れて来たのは、あいつの話をするためじゃないだろ。
 声のトーンを落として、瞳が僕を睨む。
もちろん。ハルのことなんかどうでもいいよ。

それよりも、ちゃんとデートに集中してよ。

断る。ついていってやっているだけマシだと思え。
 さすがにここまで拒まれると、僕も面白くなくなってきた。
じゃあ、演技して。
何?
君、一応恋愛ドラマや映画の経験あるんでしょ? 雑誌でも君のことばかり書いてあるから、嫌でも目につくんだよね。


 唇の端を吊り上げて挑発的に笑ってみたけど、瞳は相変わらず怖い顔で睨むだけだ。
あれと同じことをやれと?
できるよね? 

『少女漫画に出てくる王子様キャラ』。君の十八番なんでしょ?

……。
あれ、できないの? 

そっか、瞳がヒットしたのは君の演技力が高かったからじゃなくて、脚本や演出が良かったからか。どんなに大根役者でもヒットさえしてしまえば人気が出るもんね?

 畳み掛けるように煽ると、瞳が瞼を下ろして、口を微かに動かした。
ベッドでは覚えてろよ。
そう言えるくらいの演技をしてくれるなら、覚えていてあげるよ。

 そう答えると、瞳は瞼を持ち上げ、おもむろに僕の右手を取った。

 指と指を絡ませ、僕の顔を覗き込んだ瞳は、既に仮面を被った後だった。







碧人。こっち。
 甘ったるい声で囁かれて顔を上げれば、すかさず口にシフォンケーキのひとかけらを放られた。

 素直に咀嚼すると、瞳が鳶色の目を細めてこっちの様子をじぃっと見つめてくる。

見てて、楽しいの?
ああ。楽しい。
でも、瞳は全然食べてないじゃない。
碧人が食べているのを見ているだけで、十分満たされている。
 そう言って、またシフォンケーキを1口僕へ差し出してくる。

 されっぱなしというのも何だか面白くないので、僕もチョコレートケーキを1口フォークに刺すと、瞳へ向けた。

瞳も食べてよ。これも美味しいよ。
 すると、瞳はフォークを持つ僕の右手首を掴んだかと思うと、チョコレートケーキじゃなくて、僕の小指の付け根へ唇を押し当てた。ぬる、と舌が皮膚を這う感覚に、僕は一瞬だけ眉を寄せてしまった。
甘過ぎなくて、俺好みの味だな。そっちを注文するべきだった。
そういうのいいから、こっちも食べてよ。
 無理矢理その口に押し込んだけど、瞳は穏やかな眼差しを向けたまま、
お前の指についていたチョコレートの方が美味いな。
……あっそ。

 こういうのが世間ではときめくのか。まあ、女性を喜ばせるための演技だし、男の僕が響かなくても別におかしなことではないんだろうけど。

 何か、面白くないな。

 もっと困らせて、ボロを出させたいよね。どうせなら。





 甘いケーキを食べて、僕だけがお腹を膨らませた後。

 僕は瞳の手を引いて、様々なお店を見て歩いた。もちろん、『デート』だから単なる買い物にならないよう、雑貨屋ではペアマグカップを選んで瞳に買わせたり、ブティックではそれぞれコーディネートし合ったりと、とにかく密着してみた。そこで瞳が一瞬でも嫌な顔をしようものなら、嫌味の1つでも飛ばしてやろうと思っていたんだけど、瞳は全然そんな素振りを見せない。

碧人はベタベタするのが好きなんだな。

 そう言って、人目に付かないところでキスを仕掛けてきたり、思わせぶりに腰を撫でたりしてくる。

 なるほど、演技力があるのは認めざるを得ない。

 けど、僕の好奇心は全然満足してないし、何より瞳の余裕がちっとも崩れないのは癪だ。

どうした、碧人。疲れたのか?

 不意に立ち止まった僕に、瞳がそっと顔を覗き込んでくる。

 雑誌でよく見る完璧な笑顔にイラッとしながら、僕はふん、と鼻を鳴らした。

全然物足りないんだけど。
お前好みのデートではないのか?
そうだよ。
じゃあ、お前の好みを教えて欲しい。どういうところに行きたい?
瞳が行って困る場所。

 ストレートにぶつけてみたのは、さすがの瞳も嫌な顔をすると思ったからだ。

 だけど、瞳は怒りを露にするどころか驚く素振りも見せずに頷き、

少し歩くが、構わないか?
いいの?
ああ。それが、碧人の望みなら。

 笑みを崩すことなく頷き、瞳が初めて率先して歩き始めた。


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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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