1-9 続・シュラバ
文字数 4,321文字
実ちゃんが、瞳さんにそう言い放ってから、約15分後。
カウンター席に座る僕の背後から、実ちゃんの怒声と瞳さんの楽しそうな声が聞こえてくる。
瞳さんの胸ぐらを掴んで勝負しろとか言うから、殴り合いの喧嘩をするつもりなのかと最初はハラハラしたんだよね。
でも、勝負っていうのは、店内に設置されているダーツゲームでの対決のことだったようで……心配して損した。
いつの間にか実ちゃんたちの周りにはギャラリーができていて、彼らのダーツゲームを楽しんでいるみたいだ。
まあ、2人とも、目立つもんね。
瞳さんなんて、テレビにも出てる人だし。……思い切り顔出ししてるけどいいのかな。
1口しか飲んでいないウーロン茶のグラスを見つめ、僕は深々とため息を吐く。
忘れられてるなら、僕、黙ってお店を出て行ってもいい気がする。
でも、黙って帰ったら、後で実ちゃんから怒りの電話が掛かってきそうだしなあ。
それに、一応、事情を知る身としては、このシュラバがどういう結末を迎えるのか、ちょっとだけ気になるし。
左隣から聞こえてきた声に、僕はびくん、と大きく肩を揺らして振り向く。
そこにいたのは、テーブルに肘をついてこっちをじぃ、っと見つめる碧人さん。彼の前に置かれた淡いブルーのカクテルは、出されてから1度も口をつけた形跡がない。
はあ、とため息を吐いた碧人さんが、カクテルのグラスに口をつける。
そんな碧人さんの動きを、僕はつい目で追ってしまう。
顔もパーツも小さいなあ。肌も白くて、一切無駄なものがない。
それは瞳さんや実ちゃんも同じだけど……って、そりゃそうだよね、3人ともモデルなんだから。
……っていうかさ。
何で碧人さんは僕と並んで座ってるんだろ。瞳さんと実ちゃんの勝負に関心がないのかな。
それとも……。
「別に」っていう淡白な返事に対して、意味深な視線が容赦なく突き刺さってくる。
綺麗な子に見つめられるのは嫌じゃない。
嫌じゃないけど、感情の読めない眼差しをしているせいか、怖い。
碧人さんからの不気味な視線を感じつつ、僕がウーロン茶を口に含んだ時だった。
ド直球な質問に、僕は思わず口に含んだウーロン茶を一気に噴き出してしまった。
ウーロン茶のグラスやそれを持った僕の手、カウンターテーブルまで汚れちゃった。
アワアワする僕に、カウンターでシェイカーを振っていたバーテンダーさんが無言でおしぼりを渡してくれた。
おしぼりでテーブルを拭く僕に、碧人さんが再び尋ねてくる。
僕がウーロン茶を噴き出したことについては、スルーらしい。
でも、ハルはそこまでアブノーマルじゃないし、攻めるより攻められたいタイプだって瞳が言ってたのを思い出したから、それはないかなって。
「ハルがセックスなしの清い恋愛関係を保てる訳がない」って、瞳も言ってたし……それを踏まえて考えると、君たちが恋人同士って言われても全然ピンと来ないんだよね。
ウーロン茶が染み込んだおしぼりを握りしめたまま、僕は必死に言葉を探す。
でも悲しいことに、実ちゃんをフォローできる言葉が何も浮かばない。
そんな僕に構わず、碧人さんは全く表情を変えずに話を続けてくる。
碧人さんから出た「好き」の言葉に、僕はびくり、と体を震わせた。
グルグル考えながらも、僕は激しい音を立てる心臓を落ち着かせようと、胸元をトントンと叩く。
そんな僕を追いつめるかのように、碧人さんは更に話を続けてきた。
碧人さんの視線が、ちらり、と背後に向けられる。
つられて僕も視線を移すと、瞳さんに詰め寄る実ちゃんの姿が見えた。眉を吊り上げて何やら文句を言っている様子の実ちゃんに対し、瞳さんは余裕たっぷりの笑顔を浮かべている。
怒っていた実ちゃんが、不意ににやり、と唇の端を吊り上げる。
その笑顔につられるように、僕も笑った。
他人から見れば呆れてしまうくらい、全力なんですよね。実ちゃんの恋は。
実ちゃんが好きな人のことを話す時、心の底からその人のことが好きなんだなって伝わってくるんです。その気持ちを感じ取る度に、僕まで嬉しくなっちゃって。
だから、自分のことみたいに嬉しいのかもしれないですね。
その苦しさから逃れるように、僕は隣の碧人さんに視線を移す。
碧人さんは相変わらず、じぃ、と僕を見ていた。
眉間に深々とした皺を刻んだ碧人さんにそう言われた瞬間、僕は体が燃えるように熱くなるのを感じた。
あれ? 褒められたような気がしたけど、地味に貶されてもいたような……。
ぎこちなく笑う僕に、碧人さんは初めてくす、と小さく笑った。
それ以上は話しても無駄、と言わんばかりに、碧人さんは僕からふい、と視線を逸らしてしまったのだった。