2-5 どきどきインタビュー
文字数 6,037文字
午後一時。
貸し切りのため、店員さん以外のお客さんのいない、カフェうのはな。
その奥には、予約専用席がある。
唐草模様のつい立で囲まれたその席は、〈サミダレエンターテイメント編集部〉関連の打ち合わせや取材、インタビューなどで使わせてもらうことが多い。
僕も一年目の時にとある声優のインタビューのため、この席に座ったことがある。
つい立てに囲まれているだけなのにまるで別のお店に来たかのようで、あの時の僕はガチガチに緊張して、なかなか話し始めることができなかった。
そして、今。
僕はその席に座り、あの時と同じように緊張でぷるぷる体を震わせている。
色々思う所はあるけど、今は仕事中。
プライベート的なことは全部、お腹の中で収めておこう。
こほん、と咳払いをすると、僕は名刺を取り出した。名刺を差し出す手元はぷるぷるしてるけど、口角は上を向くように意識して。
時は数時間前――僕がサミダレエンターテイメント編集部に出勤した直後まで遡る。
会社について早々、僕は意気揚々と編集長のデスクに向かった。
昨日駄目出しされたレイアウトのラフを練り直したので、それをチェックしてもらうつもりだったんだ。
でも、デスクに着いたら、編集長と副編集長が深刻な雰囲気で話していて。
そうっと後ずさりをした時、不意に俯いていた編集長が顔を上げた。
いつも穏やかな笑みをたたえている編集長にしては珍しい、「むぅ」と口から不満げな声が出てきそうな、不機嫌な顔。
懐かしい、編集長が僕のお母さんの担当だった頃、その表情をよく見たなあ。お母さん、筆が乗らない時は〆切を清々しい程に破って、行方をくらますっていう、担当泣かせな癖があるんだよね。その度に、編集長がこんな顔をしてお母さんを探しに行って。
なんて考えていたら、僕の方を向いた編集長の眉間の皺がふっと緩んだ。
編集長に見つめられたせいで妙に緊張してしまい、僕は思わずそんなことを口走っていた。
あ、と思った時には、副編集長がぎろり、と僕を睨んでいて、
ぽかんとする僕と副編集長に、編集長はいつもの穏やかな笑顔を浮かべて事情を説明してくれた。
三ヶ月後に発行予定の八月号の巻頭特集。テーマは〈ひつじのこい〉という恋愛アニメの実写化映画。そこで目玉として掲載されるのが、主演俳優のインタビュー……の予定だ。
だから、何としても今日、インタビューを行うために、代役を急遽立てなくてはいけなくなったんだ。
今、声を掛けるだけ掛けているけど、いい返事が貰えていなくてね。
まあ、急な依頼だから、仕方ないことなんだけれど。
笑顔だけど、いつもの余裕はあまりないように見えた。
それだけ、差し迫った事態ということなのか。
それも、〈ひつじのこい〉のアニメ版の特集記事だったじゃない。
作品の知識も入っているし、インタビュー取材、原稿作成、編集も全部こなしていた実績もある。確かに改善点はたくさんあったけど、それ以上に、とてもいい記事だと思ったよ。
あの記事を読んで、僕は機会があれば魚谷くんに同じような仕事を頼もうと考えていたんだ。
思いがけない褒め言葉に、僕は思わずじーんとしてしまった。
あのインタビューは初めてだらけで四苦八苦したんだけど、読者さんから「良かったです!」って感想をいくつかもらうことができて、僕の中でもいい仕事したなあって思ってた。
それだけでも十分だと思っていたけど、憧れの人から褒められると、ますます嬉しくなる。
と、まあ、こんな経緯がありまして。
僕は急遽、主演俳優――如月瞳さんへのインタビューに臨むことになった。
事前に編集長と打ち合わせしたし、映画の内容も瞳さんに関する資料も読めるだけ読んできた。
あとは、無事にインタビューをこなすだけ。
と、何度も頭の中で繰り返しながら、待ち合わせ場所であるカフェ〈うのはな〉に向かった僕。
店に入るなり、木谷くんとばったり会って、
と思い切り心配されてしまった。
大丈夫、インタビューの仕事でちょっと緊張してるだけだから。
笑顔でそう言ったんだけど、木谷くんの心配性は収まらなかったようで、
僕の手をぎゅっと握って、真剣に言ってくれた木谷くん。
その後、自分の発言が大げさすぎたって思ったのか、すぐに手を離して、真っ赤な顔で逃げて行っちゃった。
でも、木谷くんのお陰で僕の緊張は少し解れて、瞳さんが姿を見せるまで穏やかな気持ちでいられたんだ。仕事が終わったら、ありがとうって伝えに行かないと。
と、瞳さんが言い出し、マネージャーさんをお店から追い出してしまった。
で、今、瞳さんと二人きりという超気まずい状況に至っているのです。
以上、回想終わり。
ぐっと背筋を伸ばし、僕はこほん、と咳払いをした。
演じる上での工夫などはありますか?
インタビューが始まると、瞳さんの態度は一変。
常に微笑みをたたえて、穏やかに答えてくれている。
この分なら支障なく終わりそうだ。
僕は内心ホッとしながら、瞳さんの穏やかな声音に耳を傾けた。
映画のキャラクターを熱心に語ってもらったところで、次は瞳さんのプライベートに迫る質問に移った。映画に関連して、瞳さんの恋愛観を聞くことになっている。
年齢や性別は関係ありません。
その人が持つ〈輝き〉に惹かれ、共にいて欲しいと思った瞬間、私の恋愛は始まるんです。
私が恋人に求めることは、共にいることでも、愛を囁き、与えてくれることでもない。
輝き続けること。ただ、その一点のみです。
例え、その輝きが他人からすればちっぽけなもので、多くの輝きの下に埋もれてしまっていたとしても……私の目に映るその人が輝いているならば、それでいいんです。
その限り、私はいつまでもその人に恋をしていると思います。
例え、相手が私以外の人間を好きだったとしても、全力で愛を注ぎたいと考えています。もし、相手が私の愛に答えてくれて、私を好きになってくれたのなら……それはこの上ない幸せですね。
瞳さんに声をかけられ、僕ははっと我に返った。
胸の奥に留まるモヤモヤを必死に追い払うように、僕が瞳さんのコメントをメモしていると、くす、と小さな笑い声が聞こえてきた。
瞳さんの質問に、僕は思わずペンを止めてしまった。
突然出て来た恋人というキーワードに、僕は全身が強ばるのを感じた。
対する瞳さんは、人畜無害という言葉がよく似合う笑みを崩さないままだ。
恋人さんのことはよく存じていますので、その恋愛遍歴ももちろん、知っています。
対する魚谷さんは、まるでそういったことに経験がないと言わんばかりの態度でした。
もしかして……今の恋人さんが生まれて初めての恋人、なんですか?
プライベートの話を堂々と持ち出してくる瞳さんに、僕は言葉を失ってしまった。
名前は伏せているけれど、どう考えても恋人さん=実ちゃんだ。
このインタビューは録音しているし、その音源は後で行われる打ち合わせに使う予定だ。瞳さんにつられて、僕が下手なことを言うわけにはいかない。
焦る僕の言葉を遮るように、ピッ、と小さな電子音がした。
はっとしてテーブルを見ると、端に置いていたICレコーダーのスイッチに、瞳さんの長い人差し指が添えられていた。