2-5 どきどきインタビュー

文字数 6,037文字

 午後一時。

 貸し切りのため、店員さん以外のお客さんのいない、カフェうのはな。

 その奥には、予約専用席がある。

 唐草模様のつい立で囲まれたその席は、〈サミダレエンターテイメント編集部〉関連の打ち合わせや取材、インタビューなどで使わせてもらうことが多い。

 僕も一年目の時にとある声優のインタビューのため、この席に座ったことがある。

 つい立てに囲まれているだけなのにまるで別のお店に来たかのようで、あの時の僕はガチガチに緊張して、なかなか話し始めることができなかった。


 そして、今。

 僕はその席に座り、あの時と同じように緊張でぷるぷる体を震わせている。


オイ、何を黙っている。 

時間が惜しい、早く始めろ。

っす、すすす、すみませんっ! 

きっ、今日は貴重なお時間を頂いて、ありがとうございます!

よろしくお願いしますっ!

名前。
へっ?

まずは名乗れ。そのセリフはそれから言え。

お互い、初対面なのだから当然だろう?

そ、そうですよね! 大変失礼しました!

(初対面って……嘘じゃん。

それに、顔を合わせた時に瞳さんが見せた、あの意味有りげな笑い方……僕が一週間前、実ちゃんと一緒に現れた本命だって、気づいてるよね?)

 色々思う所はあるけど、今は仕事中。

 プライベート的なことは全部、お腹の中で収めておこう。


 こほん、と咳払いをすると、僕は名刺を取り出した。名刺を差し出す手元はぷるぷるしてるけど、口角は上を向くように意識して。


私、サミダレエンターテイメント編集部の魚谷小晴と申します。

ひと……いえ、如月瞳さん、本日はよろしくお願い致します。




 時は数時間前――僕がサミダレエンターテイメント編集部に出勤した直後まで遡る。


 会社について早々、僕は意気揚々と編集長のデスクに向かった。

 昨日駄目出しされたレイアウトのラフを練り直したので、それをチェックしてもらうつもりだったんだ。

 でも、デスクに着いたら、編集長と副編集長が深刻な雰囲気で話していて。

――やっぱり、日にちをずらすことはできないんだよね?
掛け合ってみましたが、都合がつかないとのことです。

やるならば、今日の午後だと。

僕が出られたらいいんだけどね……こっちもスケジュールがきつい。

やはり、誰かしら代役を立てないと。

……そう、だね。
(話しかけられる雰囲気じゃないな……出直すか)

 そうっと後ずさりをした時、不意に俯いていた編集長が顔を上げた。


 いつも穏やかな笑みをたたえている編集長にしては珍しい、「むぅ」と口から不満げな声が出てきそうな、不機嫌な顔。


 懐かしい、編集長が僕のお母さんの担当だった頃、その表情をよく見たなあ。お母さん、筆が乗らない時は〆切を清々しい程に破って、行方をくらますっていう、担当泣かせな癖があるんだよね。その度に、編集長がこんな顔をしてお母さんを探しに行って。


 なんて考えていたら、僕の方を向いた編集長の眉間の皺がふっと緩んだ。


何か用かい? 魚谷くん。
えっ?! えっと……。

な、何かお困りですか? 僕にできることがあれば言って下さいっ!

 編集長に見つめられたせいで妙に緊張してしまい、僕は思わずそんなことを口走っていた。

 、と思った時には、副編集長がぎろり、と僕を睨んでいて、


空気を読まんか、魚谷。

お前の戯れ言に付き合っている場合じゃな……。

魚谷くん、僕を助けてくれるのかい?
え、ぼ、僕にできることなら、もちろん!
じゃあ、君に助けてもらおうかな。

 ぽかんとする僕と副編集長に、編集長はいつもの穏やかな笑顔を浮かべて事情を説明してくれた。


 三ヶ月後に発行予定の八月号の巻頭特集。テーマはひつじのこい〉という恋愛アニメの実写化映画。そこで目玉として掲載されるのが、主演俳優のインタビュー……の予定だ。

それで、今日がそのインタビューの日なんだけど、担当するはずだったライターが緊急入院することになったと、今朝、連絡があってね。
ええっ?!
別の取材中に倒れて、即日入院しなければならなくなったそうだ。

入院しなければいけない程だからね、今日のインタビューには当然、参加できない。

そ、そんなことってあるんですね……。
俳優側のスケジュールは過密だから、インタビューの日にちをずらすことはできないと言われてしまっていてね。うちとしても、目玉企画だからここで潰す訳にもいかない。


だから、何としても今日、インタビューを行うために、代役を急遽立てなくてはいけなくなったんだ。

今、声を掛けるだけ掛けているけど、いい返事が貰えていなくてね。

まあ、急な依頼だから、仕方ないことなんだけれど。

こうしている間にも時間は刻一刻と迫っている。

正直、人探しに時間を割くよりも、代役と事前の打ち合わせを行いたいんだ。

ホント、参っちゃうよね?

 おどけるように肩を竦める編集長。

 笑顔だけど、いつもの余裕はあまりないように見えた。

 それだけ、差し迫った事態ということなのか。

だから、君に助けてもらいたいんだ、魚谷くん。
ま、まさか、助けてもらいたいって……。
確か君、今日は外出しないでずっとオフィスで作業って言っていたよね。

そちらのフォローももちろんさせてもらうから、急なお願いで申し訳ないけど、インタビュアーを引き受けてくれないだろうか。

ぼ、僕……で、いいんですか?! 

目玉記事のインタビューなんて、そんな、大役をっ!

私も同意見です。

魚谷はまだ経験不足で、不安要素が多すぎます。元々担当するはずだったライターの実績の豊富さを考えると、代役とするにはあまりにも……。

そう? 僕は適任だと思うよ。

と言うか、最初から魚谷くんに声を掛ければ良かったって後悔してるくらいだ。

ほら、魚谷くんは一月号で、声優のインタビュー記事を担当していただろう? 

それも、〈ひつじのこい〉のアニメ版の特集記事だったじゃない。

作品の知識も入っているし、インタビュー取材、原稿作成、編集も全部こなしていた実績もある。確かに改善点はたくさんあったけど、それ以上に、とてもいい記事だと思ったよ。

あの記事を読んで、僕は機会があれば魚谷くんに同じような仕事を頼もうと考えていたんだ。

日和さん……。

 思いがけない褒め言葉に、僕は思わずじーんとしてしまった。


 あのインタビューは初めてだらけで四苦八苦したんだけど、読者さんから「良かったです!」って感想をいくつかもらうことができて、僕の中でもいい仕事したなあって思ってた。

 それだけでも十分だと思っていたけど、憧れの人から褒められると、ますます嬉しくなる。


君が元々抱えている仕事を含めて、僕も出来る限りフォローする。

だから、ここは引き受けてもらえないだろうか。

……っ分かりました。僕で良ければ、頑張らせて下さい!

あの時のように、いえ、あの時以上に頑張りますっ!

ありがとう。

 と、まあ、こんな経緯がありまして。


 僕は急遽、主演俳優――如月瞳さんへのインタビューに臨むことになった。

 事前に編集長と打ち合わせしたし、映画の内容も瞳さんに関する資料も読めるだけ読んできた。

 あとは、無事にインタビューをこなすだけ。


(一週間前にプライベートで、しかもあんな形で会ってしまった相手だけど……し、仕事の場でそういうことは関係ないよね! 大体、インタビュー中はマネージャーさんだっているし、カメラマンさんも後で合流するし。平常心、平常心で行こう!

 と、何度も頭の中で繰り返しながら、待ち合わせ場所であるカフェ〈うのはな〉に向かった僕。


 店に入るなり、木谷くんとばったり会って、


せ、先輩?! 滅茶苦茶顔色悪いですけど、大丈夫っすか?

 と思い切り心配されてしまった。

 大丈夫、インタビューの仕事でちょっと緊張してるだけだから。

 笑顔でそう言ったんだけど、木谷くんの心配性は収まらなかったようで、

気分が悪くなったら、いつでも言って下さい。

先輩がすげー頑張り屋で、仕事を大事にしてるってのは分かります。

でも、無茶はしないで下さいね!

お、大げさだよ、木谷くん。

それに、僕はそこまで頑張り屋じゃ……。

無茶、しちゃダメですからね?
……は、はい……。

 僕の手をぎゅっと握って、真剣に言ってくれた木谷くん。

 その後、自分の発言が大げさすぎたって思ったのか、すぐに手を離して、真っ赤な顔で逃げて行っちゃった。


 でも、木谷くんのお陰で僕の緊張は少し解れて、瞳さんが姿を見せるまで穏やかな気持ちでいられたんだ。仕事が終わったら、ありがとうって伝えに行かないと。


 その数分後、僕は如月瞳さんとそのマネージャーさんと合流した……んだけど、
初対面のインタビュアーさんなので、是非、一対一でじっくりとお話ししたいなと思いまして。

 と、瞳さんが言い出し、マネージャーさんをお店から追い出してしまった。

 で、今、瞳さんと二人きりという超気まずい状況に至っているのです。


 以上、回想終わり。


……。
……。
ど、どうしよう。

マネージャーさんがいた時は穏やかな表情だったのに、二人きりになった途端、不機嫌そうな顔になっちゃうなんて……。態度も険悪だし、こんな調子でインタビューできるのかな)

(というか、この状況……)
←実ちゃんの今彼(嘘)
←実ちゃんの元彼(本当)
(の、対面ってことになるのか……普通に考えれば、穏やかじゃない対面だよね)
(って、い、いやいやいや!

 だから、プライベートのことは関係ないってば!)

 ぐっと背筋を伸ばし、僕はこほん、と咳払いをした。


如月さんは今回の映画が初主演だそうですね。
そうですね。主演という大役で非常に緊張していますが、監督を始め経験豊富な共演者の方々に助けられながら、日々撮影に臨んでいます。
今回、如月さんが演じている眼鏡くんというキャラクターは、学園の王子様的存在でありながら、注目されることを嫌うシャイな男子高校生……ということですが、今まで演じていらっしゃったキャラクターとは真逆な印象ですよね。

演じる上での工夫などはありますか?

今までのキャラクターよりも、非常に親近感を感じています。

実は私もシャイといいますか、過剰に目立つことは苦手なので。俳優兼モデルをしている立場としてこう言うのもおかしな話ですが。

 インタビューが始まると、瞳さんの態度は一変。

 常に微笑みをたたえて、穏やかに答えてくれている。


(普通……だ。

そ、そりゃそっか。瞳さんだって仕事で来てるんだもんね。始まればちゃんとしてくれるよね)

 この分なら支障なく終わりそうだ。

 僕は内心ホッとしながら、瞳さんの穏やかな声音に耳を傾けた。 


 

 映画のキャラクターを熱心に語ってもらったところで、次は瞳さんのプライベートに迫る質問に移った。映画に関連して、瞳さんの恋愛観を聞くことになっている。


物語でも現実でも女性に人気の如月さんですが、理想の恋愛というものはあるのでしょうか?
ええ、もちろん。
 そう答えた途端、瞳さんの唇の端が怪しく吊り上がる。
私は輝いている人間が好きなんです。仕事でも恋愛でも、何でもいい。全力で、自分の目標に向かってひたむきに進む姿……そういうものに、強く惹かれるんです。

年齢や性別は関係ありません。

その人が持つ〈輝き〉に惹かれ、共にいて欲しいと思った瞬間、私の恋愛は始まるんです。

輝き……ですか。
ええ。

私が恋人に求めることは、共にいることでも、愛を囁き、与えてくれることでもない。

輝き続けること。ただ、その一点のみです。

例え、その輝きが他人からすればちっぽけなもので、多くの輝きの下に埋もれてしまっていたとしても……私の目に映るその人が輝いているならば、それでいいんです。

その限り、私はいつまでもその人に恋をしていると思います。

ほ、ほぅ……。
私は好きになると一途なんです。

例え、相手が私以外の人間を好きだったとしても、全力で愛を注ぎたいと考えています。もし、相手が私の愛に答えてくれて、私を好きになってくれたのなら……それはこの上ない幸せですね。

輝いている人が好き、か。それは何となく、僕も分かる気がする)
(……瞳さんにとって、実ちゃんは〈輝いている〉人じゃなかったのかな。だから、浮気なんて)
(だからって、浮気なんて……不誠実じゃないか。それならそうなる前にハッキリ振ってくれた方が余程良かったと思うけど)
(いや、待って。本音を話してるとは限らない。映画の内容とも被るところがあるし、わざとそういう風に話を持って行っているだけだよ。

うん、そうだよね、仕事中にプライベートを包み隠さず話す人なんて……)

(……でも)
魚谷さん? どうかしましたか?
えっ、あ、ご、ごめんなさい! 

如月さんのお話があまりにも興味深くて、つい聞き入ってしまって……。

 瞳さんに声をかけられ、僕ははっと我に返った。

 胸の奥に留まるモヤモヤを必死に追い払うように、僕が瞳さんのコメントをメモしていると、くす、と小さな笑い声が聞こえてきた。


魚谷さんは、どうなんですか?
へ?
理想の恋愛像は、あるんですか?

 瞳さんの質問に、僕は思わずペンを止めてしまった。


私、人の恋愛話を聞くのが好きなんです。

よく、瞳さんは恋愛豊富ではないかと尋ねられるのですが、実は私自身そういった経験がほとんどないんですよ。

そ、うなんですか……? 意外ですね。
ええ。

だから、他人の恋愛観を聞くことは仕事面でもプライベート面でも勉強になるんです。

魚谷さんのお話も、是非聞いてみたいですね。

ぼ、僕はそんな、大した経験、ないですよ。

昔からそういうことに縁がなくて……。

そうですか。

大した経験はない……ということは、今の恋人さんとの付き合いは貴重な経験、という訳ですね。

 突然出て来た恋人というキーワードに、僕は全身が強ばるのを感じた。

 対する瞳さんは、人畜無害という言葉がよく似合う笑みを崩さないままだ。


以前お会いした時は、随分と初々しい反応をされていましたね

恋人さんのことはよく存じていますので、その恋愛遍歴ももちろん、知っています。

対する魚谷さんは、まるでそういったことに経験がないと言わんばかりの態度でした。

もしかして……今の恋人さんが生まれて初めての恋人、なんですか?

えっ?! あ、あの……。
初めての相手があの人では、苦労されているでしょう? 

恋人さんは、アプローチの段階からベッドに誘ってくるような男ですからね。

お付き合い前も後も、大変な思いをされているのではないですか?

 プライベートの話を堂々と持ち出してくる瞳さんに、僕は言葉を失ってしまった。


 名前は伏せているけれど、どう考えても恋人さん=実ちゃんだ


 このインタビューは録音しているし、その音源は後で行われる打ち合わせに使う予定だ。瞳さんにつられて、僕が下手なことを言うわけにはいかない。


えっと、し、質問を変えま――。

 焦る僕の言葉を遮るように、ピッ、と小さな電子音がした。

 はっとしてテーブルを見ると、端に置いていたICレコーダーのスイッチに、瞳さんの長い人差し指が添えられていた。


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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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