3-4 どきどきショッピング(後輩編)

文字数 4,741文字

 カフェ〈うのはな〉から徒歩15分程のところにある、ショッピングストリート。

 その中心にある雑貨屋さんは、可愛くて癒されるキャラクターものから、洗練されたアクセサリーまで幅広く取り扱ってる人気店だ。

 そのお店のとあるコーナーで、僕は木谷くんの難しい顔と向き合っていた。


木谷くん、これならどう? 貰って嬉しい?
猫の胴体が長過ぎるし、目が怖いんで、嬉しくないです。
ええっ?! 

胴体はまあ、分からなくもないけど目は可愛いじゃん!

ほら、よく見てみて。瞳がつぶらでくりくりで、見ているだけで表情筋全部が緩み切っちゃうでしょ?

 にべなく否定されたことに納得できず、僕はマグカップのお勧めポイントを解説する。

 すると、木谷くんは顎に手を当て、今までにない真剣な眼差しを向けてきた。


(これは、ついに来たんじゃないかな?!)
 勝利を確信して僕が心の中でガッツポーズを決めた瞬間、木谷くんは眉をきゅっと寄せて首を横に振った。
やっぱキモいです。ナシです。
そんなあ?!
あと、あんまり見つめられたくないんで、棚に戻してもらっていいですか、そのカップ。
……はぁい。

 僕はがっくりと肩を落とし、可愛い(僕の基準)猫のマグカップを渋々陳列棚に戻した。

 うーん……悪くないと思うんだけどなあ。


先輩と好みが合うならまあ、アリかも……って感じですけど、その辺はどうですか?
……「キモい」って言われそう。
でしょうね。俺だったらプレゼントっていうより、嫌がらせだと思います。
うう……。

 木谷くんの容赦ない言葉がびしびしと突き刺さってくる。

 いやいや、木谷くんは悪くない。

 「率直な意見を言って欲しいんだ。お世辞とか、一切ナシで」って言ったのは僕だもの。






 そもそも、木谷くんは彼自身の買い物を済ませるために、このショッピングストリートに来たんだ。そのショッピングストリートに、偶然僕が行くと聞いて、それなら一緒に行こうかっていう話になっただけ。


 木谷くんの買い物は既に終わっているんだけど、プレゼント選びに苦戦する僕を見かねたのか、「俺に、何か手伝えることはありませんか」って声を掛けてくれたんだよね。

 高校生の時から変わらないな。先輩よりもしっかりしていて、いつも声を掛けてくれる木谷くんも。

 そして、そんな後輩に頼りない姿ばかり見せてしまう僕も。



 とにかく、木谷くんの時間を無駄にしないためにも、僕は早々にプレゼントを決めなくちゃ。

 ただ、これで10個目なんだよなあ。実ちゃんへのプレゼント候補。



 マグカップの他にも、腕時計やらTシャツやら帽子やら、僕が「これだ!」と思ったものを、木谷くんに見てジャッチしてもらっている。

 でも、全部、木谷くんからプレゼントとして不適格』判定を食らってしまっている。

 しかも、大抵の理由が「絵がキモい」とか「その色はない」とか……。

 要するに、僕のセンスがないってことだよね……はあ……。



ねえ、木谷くん。

これ以上は悪いから、もう……。

先輩、特別感を出したいなら、ペアのものとかどうですか?
へ?
例えば……カップなら、こういうのとか。

 木谷くんが陳列棚の一番上に置かれていたカップ二つを取り、僕に差し出す。


 そのカップはそれぞれ側面に淡いピンクの模様が描かれていて、その側面をぴったりとくっつけると、模様がハート柄になる、というものだ。これは僕でも分かる、所謂カップル用のアイテムだ。


いっ、いやいやいや、待って、木谷くんっ!

確かに特別感はあるけど、僕は別に恋人に贈る訳じゃ……。

違うんすか?
っ……えと……違…………。

 咄嗟に否定しようとしたものの、途中から口ごもってしまった。



 違わないけど、違う……訳でもなくて……。

 ……いや、意味分かんないし。


 『恋人』じゃないけど、『恋人』。

 ……いや、それだと、恋人だって認めてない? 


 『恋人のフリをしてくれてる人』。

 ……いやいや、どういう関係だよってつっこまれちゃうし。



 上手い言い方が思いつかず、僕は木谷くんの視線から逃げるようにカップを見つめる。

 すると、カップがす、と僕の視界から消え、スニーカーの音が遠ざかっていった。

き、木谷くん?
先輩、こっち。
 僕がそっと顔を上げると、カップの陳列棚から数メートル離れたところで、木谷くんが手招きしている姿が見えた。

 おずおずと近寄って行くと、木谷くんが僕の前にその大きな手を差し出してきた。

 その手に収まっていたのは、緑と白の糸で編まれた輪っかだ。

あ、それって……。
ミサンガっす。最近、流行ってるみたいっすよ、ほら。

 アクセサリーコーナーの中心で、カラフルなミサンガがずらりと並んでいた。

 木谷くんの言う通り、雑誌の切り抜きで作ってあるPOPにも「トレンド!」の文字が踊っている。

 デザインが豊富だから、若い女の子向けからおじさんまで手軽におしゃれできるアイテムらしい。「願掛けアイテム」っていう点も人気のポイントみたいだ。


へえ〜……単に編んであるものだけじゃなくて、チャームが付いてるのもあるのかあ。
結構種類あるんすね。提案しておいてなんですけど、選ぶの大変そうじゃないですか?
でも、これだけあれば何かピンと来るものがあるかも……あ。
え、もう見つけたんすか?
この金色の星がついてるミサンガ、良くない?
 僕がそのミサンガを摘んでみせると、木谷くんは目を見開いて固まってしまった。
あっ、だ、ダメだった? やっぱり僕、センスない、かな……?
いえ。いいと思います。

星のチャームはいい感じにワンポイントになってますし、そのくらい落ち着いた赤なら、カジュアルでもフォーマルでも合わせられそうですし。

そっか……うん、僕もこれが一番、似合う気がする。

 決断が早すぎる気がして、ちらり、と陳列棚を見たけど、やっぱりこのミサンガ以上のものはないように思う。


、こっちの魚のチャームのミサンガ、先輩っぽい。
あ、いいね。このミサンガ、僕が欲しいかも!

 木谷くんの指差す方にあったのは、シルバーの魚のチャーム付きのミサンガ。こっちはバンド部分が水色と白の糸で編まれている。魚も色も僕の好きなものだから、一目で気に入っちゃった。


 これは自分用に買っちゃおうかな。僕の誕生日でもあるし、自分へのプレゼントってことで。


星のミサンガとデザインそっくりだから、一緒に身に着けたら、ペアルックっぽくなりそうっすね。
確かに……って、ぺ、ペア?! それは、ちょっとっ!
そう見えるってだけっす。

別に、この二つはペアミサンガって訳じゃないみたいだし。

けど、揃えて付けたら特別感があるかなって。

そ、そうだね……うん……。

 そんなこんなで、僕は星のミサンガを実ちゃん用に、魚のミサンガを自分用に買った。

 実ちゃんへのプレゼントは紫のアジサイ模様の包装紙で包んでもらい、僕のは値札を外してもらって、早速身に着けてみた。


お待たせ!
、ミサンガ、着けたんすね。
うん。

着けておいたら、会社に戻った後も仕事、頑張れそうかなって。

ちょうど袖の下に隠すこともできるし、これくらいならいいかなあって。

……似合ってます。
ホント? ありがとう! 

プレゼントも、一緒に探してくれて助かったよ。

僕一人だったら、多分見つけられなかったもの。木谷くんと一緒で本当に良かった。

俺も、一緒に来られて良かったです。

プレゼント選び、結構楽しかったですし、先輩がプレゼントを見つけられて……俺も嬉しかったです。

 どうしてだろう。

 木谷くんの、僕のミサンガに向けられた優しい眼差しが。

 「嬉しかった」と言ってくれる穏やかな声が。

 まるでミサンガを着けた右手首に猫じゃらしを当てられたみたいに、妙にくすぐったく感じた。

 そのくすぐったさを振り切るように右手をもぞもぞと動かすと、銀色の魚のチャームがぺちぺち、と僕の肌に当たってきて、ますます落ち着かなくなって――。


、お腹空かない? 僕が奢るから、一緒に食べよう!

ファストフードとかでも良ければだけど。

魚谷先輩。
ふぁいっ?!

 名前を呼ばれた途端、僕は思わず変な声で返事をしてしまった。

 慌てて口を両手で塞いだ僕の視界の中で、木谷くんが笑みを消した。

 背筋がしゃきっと伸びそうなくらい、真剣な表情だ。

何……だろ。あ、ファストフードじゃダメだった? 

そうだよね、長々と付き合ってもらったんだから、もっとちゃんとしたレストランとか……)

(……そんな、器の小さい人じゃないよね、木谷くんって……。

え、ほ、本当に、何? 僕、何かしちゃった……?

 ぐるぐるとマイナスの方向に思考を巡らせる僕に、木谷くんが深呼吸を一つし、口を開いた。
散々貶しちゃいましたけど、俺は先輩のセンス、好きです。
えっ。
だから、そのミサンガ、俺が贈られたらすげー嬉しいです。

しかも、先輩も似たようなミサンガ持ってて、一緒に身に着けたらペアっぽくなるんだって知ったら……先輩のこと、もっと好きになる。

すっ?!
 目を見開いた僕に、木谷くんがくす、と唇を微かに綻ばせた。
俺が、もしその人の立場だったら、っていう例え話っすよ。
……そ、そういう……そう、だよね……。

 納得しつつ、僕は一瞬浮かべてしまったあり得ない考えに身悶えしたくなってしまった。


 木谷くんは僕のことを好きなのか……なんて。

 なんてひどい勘違いだろう。


 『恋人ごっこ』のせいか、思考が何でもかんでも恋愛に結びつけてしまう傾向にあるかもしれない。

 嫌だなあ、もう、実ちゃんじゃあるまいし。


 僕が羞恥心と反省で頬を掻いていると、木谷くんが優しい笑みを浮かべたまま再び口を開く。

そのプレゼントを渡す人って、先輩の好きな人……なんですよね。
……うん。

 素直に頷くと、木谷くんが「そっか」、と小さく呟いて、にっこりした。


先輩の気持ち、伝わるといいですね。

俺、応援してます。

あ、ありがとう。
夕飯のことですけど、持ち帰りにしませんか。俺、家に帰って色々やんなくちゃいけないことがあるんで。

先輩も、職場で持ち込んで食べる方が都合もいいでしょう?

 僕が頷くのを待たずに、木谷くんがくるりと背を向ける。


 僕とはもちろん、実ちゃんとも違う大きな木谷くんの背中。

 その背中に、僕の脳裏に懐かしい記憶が過った。


 高校生の頃。

 初めて木谷くんを見た時、あまりにも大柄だから僕は彼のことを年上だと思えなくて、「先輩」って呼んじゃって。

 そしたら木谷くん、苦笑いしながら言ったんだ。


『先輩』はそっちでしょう? 魚谷先輩。

 生まれて初めての先輩呼びに、僕はむずむずと心の隅々までくすぐられるような気持ちに襲われた。

 嬉しいとも恥ずかしいとも似てるようで、そうでないような、変な気持ち。

 実ちゃんに対する『動悸』ほど、それは大きなものじゃなかったし、少なくとも悪いものじゃないって分かっていたから、困りはしなかった。





 そして今、木谷くんの背中を見つめる僕の胸の奥にも、似たような気持ちが揺れている。

(どうして今、急に思い出したんだろう。

今までずっと、忘れてたのに。

……さっきの勘違いのせい、かな)

 木谷くんの背中を追いかけながら、僕は紫陽花柄に包まれた実ちゃん宛へのミサンガにちらり、と視線を落とした。

 また、さっきのような『くすぐったさ』は残っていて、気になってしまう。


(木谷くんに対してあんな変な勘違いしたり、実ちゃんへのプレゼントであれこれ悩んだり……これも『疑似恋愛感情』のせい、だとは思うけど……ずっと僕、おかしい気がする)
(もし、本当の『恋愛感情』を抱く時が来たら、僕はどうなっちゃうんだろう)
先輩、そこのゴールデンカフェでもいいですか?
う、うん、もちろん!
 振り向いた木谷くんにどきり、としながら、僕はプレゼントを抱えて駆け出した。
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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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