3-4 どきどきショッピング(後輩編)
文字数 4,741文字
カフェ〈うのはな〉から徒歩15分程のところにある、ショッピングストリート。
その中心にある雑貨屋さんは、可愛くて癒されるキャラクターものから、洗練されたアクセサリーまで幅広く取り扱ってる人気店だ。
そのお店のとあるコーナーで、僕は木谷くんの難しい顔と向き合っていた。
にべなく否定されたことに納得できず、僕はマグカップのお勧めポイントを解説する。
すると、木谷くんは顎に手を当て、今までにない真剣な眼差しを向けてきた。
僕はがっくりと肩を落とし、可愛い(僕の基準)猫のマグカップを渋々陳列棚に戻した。
うーん……悪くないと思うんだけどなあ。
木谷くんの容赦ない言葉がびしびしと突き刺さってくる。
いやいや、木谷くんは悪くない。
「率直な意見を言って欲しいんだ。お世辞とか、一切ナシで」って言ったのは僕だもの。
そもそも、木谷くんは彼自身の買い物を済ませるために、このショッピングストリートに来たんだ。そのショッピングストリートに、偶然僕が行くと聞いて、それなら一緒に行こうかっていう話になっただけ。
木谷くんの買い物は既に終わっているんだけど、プレゼント選びに苦戦する僕を見かねたのか、「俺に、何か手伝えることはありませんか」って声を掛けてくれたんだよね。
高校生の時から変わらないな。先輩よりもしっかりしていて、いつも声を掛けてくれる木谷くんも。
そして、そんな後輩に頼りない姿ばかり見せてしまう僕も。
とにかく、木谷くんの時間を無駄にしないためにも、僕は早々にプレゼントを決めなくちゃ。
ただ、これで10個目なんだよなあ。実ちゃんへのプレゼント候補。
マグカップの他にも、腕時計やらTシャツやら帽子やら、僕が「これだ!」と思ったものを、木谷くんに見てジャッチしてもらっている。
でも、全部、木谷くんから『プレゼントとして不適格』判定を食らってしまっている。
しかも、大抵の理由が「絵がキモい」とか「その色はない」とか……。
要するに、僕のセンスがないってことだよね……はあ……。
木谷くんが陳列棚の一番上に置かれていたカップ二つを取り、僕に差し出す。
そのカップはそれぞれ側面に淡いピンクの模様が描かれていて、その側面をぴったりとくっつけると、模様がハート柄になる、というものだ。これは僕でも分かる、所謂カップル用のアイテムだ。
咄嗟に否定しようとしたものの、途中から口ごもってしまった。
違わないけど、違う……訳でもなくて……。
……いや、意味分かんないし。
『恋人』じゃないけど、『恋人』。
……いや、それだと、恋人だって認めてない?
『恋人のフリをしてくれてる人』。
……いやいや、どういう関係だよってつっこまれちゃうし。
上手い言い方が思いつかず、僕は木谷くんの視線から逃げるようにカップを見つめる。
すると、カップがす、と僕の視界から消え、スニーカーの音が遠ざかっていった。
おずおずと近寄って行くと、木谷くんが僕の前にその大きな手を差し出してきた。
その手に収まっていたのは、緑と白の糸で編まれた輪っかだ。
アクセサリーコーナーの中心で、カラフルなミサンガがずらりと並んでいた。
木谷くんの言う通り、雑誌の切り抜きで作ってあるPOPにも「トレンド!」の文字が踊っている。
デザインが豊富だから、若い女の子向けからおじさんまで手軽におしゃれできるアイテムらしい。「願掛けアイテム」っていう点も人気のポイントみたいだ。
決断が早すぎる気がして、ちらり、と陳列棚を見たけど、やっぱりこのミサンガ以上のものはないように思う。
木谷くんの指差す方にあったのは、シルバーの魚のチャーム付きのミサンガ。こっちはバンド部分が水色と白の糸で編まれている。魚も色も僕の好きなものだから、一目で気に入っちゃった。
これは自分用に買っちゃおうかな。僕の誕生日でもあるし、自分へのプレゼントってことで。
そんなこんなで、僕は星のミサンガを実ちゃん用に、魚のミサンガを自分用に買った。
実ちゃんへのプレゼントは紫のアジサイ模様の包装紙で包んでもらい、僕のは値札を外してもらって、早速身に着けてみた。
どうしてだろう。
木谷くんの、僕のミサンガに向けられた優しい眼差しが。
「嬉しかった」と言ってくれる穏やかな声が。
まるでミサンガを着けた右手首に猫じゃらしを当てられたみたいに、妙にくすぐったく感じた。
そのくすぐったさを振り切るように右手をもぞもぞと動かすと、銀色の魚のチャームがぺちぺち、と僕の肌に当たってきて、ますます落ち着かなくなって――。
名前を呼ばれた途端、僕は思わず変な声で返事をしてしまった。
慌てて口を両手で塞いだ僕の視界の中で、木谷くんが笑みを消した。
背筋がしゃきっと伸びそうなくらい、真剣な表情だ。
納得しつつ、僕は一瞬浮かべてしまったあり得ない考えに身悶えしたくなってしまった。
木谷くんは僕のことを好きなのか……なんて。
なんてひどい勘違いだろう。
『恋人ごっこ』のせいか、思考が何でもかんでも恋愛に結びつけてしまう傾向にあるかもしれない。
嫌だなあ、もう、実ちゃんじゃあるまいし。
僕が羞恥心と反省で頬を掻いていると、木谷くんが優しい笑みを浮かべたまま再び口を開く。
素直に頷くと、木谷くんが「そっか」、と小さく呟いて、にっこりした。
僕が頷くのを待たずに、木谷くんがくるりと背を向ける。
僕とはもちろん、実ちゃんとも違う大きな木谷くんの背中。
その背中に、僕の脳裏に懐かしい記憶が過った。
高校生の頃。
初めて木谷くんを見た時、あまりにも大柄だから僕は彼のことを年上だと思えなくて、「先輩」って呼んじゃって。
そしたら木谷くん、苦笑いしながら言ったんだ。
生まれて初めての先輩呼びに、僕はむずむずと心の隅々までくすぐられるような気持ちに襲われた。
嬉しいとも恥ずかしいとも似てるようで、そうでないような、変な気持ち。
実ちゃんに対する『動悸』ほど、それは大きなものじゃなかったし、少なくとも悪いものじゃないって分かっていたから、困りはしなかった。
そして今、木谷くんの背中を見つめる僕の胸の奥にも、似たような気持ちが揺れている。
木谷くんの背中を追いかけながら、僕は紫陽花柄に包まれた実ちゃん宛へのミサンガにちらり、と視線を落とした。
また、さっきのような『くすぐったさ』は残っていて、気になってしまう。