6-8 恋人の夜
文字数 4,589文字
シューティングゲームで盛り上がった実ちゃんのテンションは、ゲームコーナーを抜けた途端、場内に流れた閉園時間のお知らせによって一気に叩き落とされた。
っくそー! あとは観覧車ミッションだけだったのに!
ま、まあまあ、攻略シートは次に来た時にも使えるから大丈夫って言ってたじゃない。
歯ぎしりして悔しがる実ちゃんを宥めながら、僕は照明の落ちた遊園地を振り返る。
観覧車を取り囲む青いの光が消えると、じわ、と泣きたくなるような寂しさが浮かんで、実ちゃんとは違う意味で僕のテンションも静かに落下した。
次、いつ来られるかなんて分かんねーじゃん。ミラオニのコラボイベントはずっとやってる訳じゃねーし。
トドメを刺すかのような寂しいことを言われ、しょんぼりした僕は視線を落とした。
その先にあったのは、攻略できなかったシートをグシャ、と握りしめる実ちゃんの右手。そういえばいつもブレスレットしてるのに、今日は何もしてないんだ。
僕は手を伸ばし、実ちゃんの手を包み込んだ。微かにミサンガの魚がちゃり、と小さな声を上げる。
僕、頑張って時間作るから。
また、今日みたいに閉園ギリギリでもいいから、行こうよ遊園地。今度こそ、ミラオニのミッションをクリアしよう。
今日さ、実ちゃん、忙しい中で頑張って時間作ってきてくれたんでしょう?
僕、それだけですごく嬉しいよ。最高の誕生日プレゼントをありがとう。
うん。ドキドキはするけど、平気。さっきハイタッチ成功したから、いけるかなって思ってたけど、いけた。
きゅ、と更に力を込めて握ると、おずおずと実ちゃんの指が絡んできた。
ゆっくりと時間をかけて作られた恋人繋ぎに、じわじわと嬉しさが滲み出てきてニヤニヤしてしまう。
うん。
ねえ、夕ご飯食べに行こうよ。お腹空いちゃった。
あ、待って。
僕に提案があります!
ミラオニアーケードで先にウルトラレアのカードを出した方が、夕ご飯を奢ってもらえるって勝負しない?
えへへ、今日は絶対負ける気がしないんだよね。今日は悪いけど、奢ってもらうよ、実ちゃん!
言ったな? その台詞、吐いたこと後悔させてやんぞ、こら!
お互いに煽り合って、けたけた笑いながら走り出す。
手を繋いで笑って、遊びに駆け出す。
僕らは結局、恋人になっても小さい頃と変わらない。もちろん、良い意味で。
その事実が、たまらなく嬉しくて、抱きしめたいくらい愛おしい。
最寄り駅から家へ向かう道中、僕の隣で実ちゃんがぐしゃぐしゃと前髪を掻き混ぜながら地団駄を踏む。
もー、いつまで悔しがってるのさ。いい加減、機嫌直してよぉ。
こっ……小晴の癖に余裕綽々で笑いやがって……! いいか?! 今日はたまたま! たまたまお前の運がめっちゃ良くて、俺の運がどん底だったってだけだからな?!
なかなか笑いが収まらない僕を、実ちゃんは恨みつらみの籠もった眼差しで睨んでたけど、やがてぷ、と噴き出した。
……ま、今日くらいは譲ってやる。
っていうか、マジでゴルカのBLTサンドだけで夕飯足りんのかお前。
今日はどうしてもあのサンドが食べたかった気分だからいいんだよ。
けど、さすがに食べ足りないから、家で夜食作って食べよっかな。
へ? いいのか? もうこの時間だとばーちゃん寝てるし、伯母さんもいるだろ。
おばあちゃんは旅行中だからいないし、お母さんも今日は取材で遠出してるんだ。帰って来るのは12時過ぎって言ってたから、それまでだったら、多少うるさくても大丈夫だよ。
やった、と無邪気に笑う実ちゃんに、僕もつられるように笑った。
心臓が、口から飛び出してしまいそうなくらいドキドキしてる。
繋いだ手が僅かに湿ってきたのを、どうか実ちゃんが気づきませんように。
家に着いて、2人きりの唐揚げパーティを終えた後。
「食べ過ぎたからもうちょいいる」と言った実ちゃんにホットミルクを作った。実ちゃんの好みに合わせて、アツアツで。
珍しく居間で眠っているまぐろを起こさないようそうっと2階の自室に上がると、実ちゃんはベランダにいた。
実ちゃんの左隣に座り、僕はマグカップに息を吹きかける。
この熱さが温く感じるのは、相変わらずうるさい心臓のせい、かな。
こうやって星を眺めんの、すげー久しぶりだな。最後に見たの、高校ン時だっけ?
……ううん。2年前のお正月だよ。あの時も、熱々のホットミルク飲んでた。
苦笑しながら、実ちゃんがこく、とホットミルクを口に含む。僕もつられるように1口飲んだけど、舌先を火傷してすぐにマグカップを口から引き離した。
声も上げないように離したつもりだったけど、実ちゃんの視線は星空から僕に向けられていて、
あ、ヤバい。不自然に間が空いた上に、笑い声固くなっちゃった。
実ちゃんが「ん?」って顔でじーっと見てくるし。
体を起こそうとした実ちゃんを制止すると、僕は勇気を振り絞って、左手に隠し持っていた包みを差し出した。
大分遅くなっちゃったけど、僕から。お誕生日、おめでとう。
本当は、ドタキャンした誕生日のデートの時に渡そうと思ってたんだけど、ほら、色々あったから、渡すきっかけが見つからなくて。
あ、でもねっ! 本当の恋人じゃない時に買ったプレゼントだけどっ、実ちゃんが好きだって気持ちはちゃんと込めてるから。無自覚だったけど、あの頃から……ううん、もっと前から、僕は実ちゃんが好きだから。
プルプルと小刻みに震えたかと思うと、実ちゃんが俯いてしまった。
っ大丈夫! 嬉しい! めっちゃくちゃ。ごめん、ちょっと噛み締めさせて!
そう言うなりドタバタと足をバタバタさせた。木製のベランダがギシギシと嫌な音を立てるしすごく揺れるから怖かったけど、ぱっと顔を上げた実ちゃんの、清々しい笑顔を見たら、怖さなんて吹っ飛んでしまった。
こくこくと頷く僕の前で、ついに実ちゃんが紫陽花柄の包みを開いた。
……お前、これ1人で選んでねーだろ。センスが普段と違いすぎるし。
た、たしかにプレゼント選びは付き合ってもらったけど、このデザインを見つけたのは僕だし、決めたのもちゃんと僕だからっ!
ほっ、本当だもん!
ほら、これ、僕も似たミサンガしてるでしょ? 実ちゃんと、ペアにできたら嬉しいって、思って……。
勢いで左手のミサンガを見せつけちゃったけど、口にしたらすごく恥ずかしくなって、俯いてしまった。
僕の視界にずい、と実ちゃんの手が映り込む。いつもブレスレットやら指輪やら付けている実ちゃんなのに、今日は何も付けてない。それくらい、急いで僕のところに来て、デートに誘ってくれたんだよね。
優しい声に促され、僕は赤いミサンガを実ちゃんの左手首に巻きつけた。卒倒したくなるくらい恥ずかしいから、顔は上げられない。
蚊の鳴くような声で実ちゃんがそう漏らしたものだから、僕はついに顔を上げてしまった。
きらきらと赤い瞳が潤んで、唇は小刻みに震えている。
恋を知らなかった頃から知ってる、恋をする実ちゃんの笑顔。それが他ならない自分に向けられているのだと思うと、もうたまらなかった。
言いたいことはたくさんある。
でも、実ちゃんへの気持ちで胸がいっぱいになってしまって何も言えない。
それなら。
実ちゃんが不安げに尋ねる。
僕はこくり、と頷いて、自分から距離を縮めた。
実ちゃんに、今の僕の気持ち、知ってもらいたいから。
実ちゃんの、赤いミサンガの揺れる左手を取って、僕は自分の胸元に寄せた。
それを見た実ちゃんはぱ、と顔を赤らめて、ひどく困ったように眉を寄せていたけれど。
堪え切れないように呟くと、顔を近づけた。
今度は、逸らさない。絶対。
重なった唇から、溢れた声はどっちのものなのか、僕には分からなかった。繰り返し唇の表面を弄ばれ、微かな隙間を切り開くように実ちゃんの舌が潜り込む。
初めてした時と同じ。僕はひたすら翻弄されながらも、その気持ち良さにどうでも良くなる。ただひたすらに、実ちゃんの熱を求めて舌を動かすだけ。
不意に実ちゃんの唇が離れた。うっすらと開けた視界の向こうで、潤んだ赤い目が揺れている。
ごめん、これ以上はまずい。
そんな呟きが聞こえた気がしたけど、関係なかった。
今度は僕から実ちゃんの唇を奪う。離れていかないよう、背中に腕を回して。最初こそは逃げようとした実ちゃんの舌だったけど、すぐにまた絡まって、お互いの唾液を味わって。
次に唇を離した時には、お互い肩で息をしていた。
実ちゃんが今にも泣きそうな顔で言う。小刻みに震える体を両腕で感じながら、僕は口の中に残った唾液をごく、と飲んだ。
っさ、いごはダメだろ。そんな、キスできたからってそんなすぐ……。
や、マジでさ、伯母さんもそろそろ帰ってくるだろうし……。
お母さん、今回は泊まりの取材なんだ。だから、今日は帰ってこない。
っ、だって……ずっと、2人きりだって最初に言ったら、ま、また変な雰囲気になって何もしてもらえないって思ったから……だから。
素直に頷くと、実ちゃんはぐ、と小さく呻いて頭をがしがし掻いた。
だって、したいんだもん。仕事中もずっと、そんなことを考えちゃうくらい。
実ちゃんの胸元に顔を埋めて、彼の顔を見上げる。うぐぐ、とまた変なうめき声が実ちゃんからした。
言ったでしょ。ずっと、したいって考えてたって。だから、ちゃんと受け入れられるように、毎日準備してたんだ。
その、体の方も。
さすがにそのことをカミングアウトするのは恥ずかしくて、思わず俯いてしまった。
実ちゃんの心臓の音がすごい。僕に負けないくらいドキドキしてて、恥ずかしいんだけど、嬉しい。
違う、できねーって意味じゃねー。
我慢、できねえって意味だよ、ばか。
ぐしゃぐしゃ、と僕の後頭部を掻き混ぜる実ちゃんの手は、さっき舌先で感じたホットミルクと同じ熱さだった。
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