6-1 ホップ・ステップ・ギュン!
文字数 2,526文字
レストランの明かりが遠ざかり、大通りに差し掛かった時、実ちゃんがぼそり、とそんなことを呟いた。
ちら、と左隣を見れば、車道から零れる明かりに照らされた実ちゃんの、ちょっぴり落ち込んだ表情があった。
何とか実ちゃんに立ち直ってもらいたくて、懸命に思いを伝えようとする。
けど、まだ照れがあるせいか、まっすぐに実ちゃんを見つめながら言うのは難しい。でも、実ちゃんにはきちんと伝わったみたいで、僕を見ていた赤い目が笑った。
本当は、別に美味しいお店だとか今回みたいに値段が張るお店じゃなくてもいい。いつも通り、学生の時によく行ってたゴルカやラーメン屋さんの方がお互いに好きな物も分かるし、気兼ねしなくていいんだけど。
でも、僕を喜ばせようと頑張ってくれる実ちゃんを見られることが嬉しくて、どうしてもそうは言えないんだよね。
実ちゃんには頑張ってもらってばかりで申し訳ないけど、しばらくはこの嬉しさを噛み締めさせて欲しいな。
最近のお互いの仕事のことーー実ちゃんはまだ本格的な仕事は貰えないけど、少しずつ機会をもらえるようになって。僕は相変わらずヒイヒイ言いながら〆切と格闘しているーーを話しているうちに、目的の駅へ着いた。実ちゃんはこのまま自宅のマンションへ、僕は電車に乗って家に帰るから、ここでお別れしないといけない。
苦笑しながら、実ちゃんが僕との距離を詰める。至近距離からじ、と見つめるその表情は真剣で、否応無しに心臓が高鳴ってしまう。
その右手がゆっくりと僕へ伸びる。その瞬間、僕はたまらず目をぎゅっと瞑った。
いきなりがくがくと激しく揺さぶられて、思わず瞼を開けたら、実ちゃんのドアップ。
たまらず悲鳴を上げた僕は、そのままずざざざ〜〜っ!と後ずさりをしてしまった。
怖がってるつもりはないんだ。
でも、いざ触られると頭の中がグチャグチャになっちゃって、自分でも自分のことがよく分からなくなっちゃって……。
で、でもっ、さっきも言ったけど実ちゃんとデートするのが嫌とか、触られることが嫌ってことじゃないからっ! むしろ、嬉しいんだからっ!!
すぅ、と息を深く吸い込むと、僕は実ちゃんとの距離を縮めた。黒いパーカーの胸元にほんの一瞬だけ、自分のおでこを押し当てる。
できたのはそれだけで、おでこが熱を帯び始めた時には既に実ちゃんとの距離をまた空けていた。
肩で呼吸する僕に対し、実ちゃんは赤い目をまん丸にしたまま呆然としている。
両手を下ろした実ちゃんが、はにかんで言う。
目をキラキラさせて頬を赤くするその笑顔がすごく可愛くて、まさに実ちゃんの言う「ギュン」が僕の胸の奥から聞こえてきた気がした。