5-7 夢の中でも、君の手は温かい
文字数 3,882文字
えっ。
嫌だ。
嫌だ。付き合わないで。
誰かのものにならないでよ。
どうして?
モデルは高校卒業したら辞めるって言ったじゃん。
一緒に大学行こうよ、叔母さんだって心配してるよ。勉強ならいくらでも教えるから。
もちろん、応援したいよ。モデルの仕事、本当に楽しそうにやってるし、そんな実ちゃんのことも大好きだから。
でも、雑誌やSNS越しでしか姿を見られなくなって、会話もできなくて、家に行っても会えないなんて……そんなの寂しいよ。
小さい頃、実ちゃん、夜空の星よりも輝きたいって言ってたよね。
あの時も本当は僕、怖かった。実ちゃんが、うんと遠くに行ってしまうことが。
離れて行って欲しくない。
これからもずっと、ぼくの手の届く場所にいてよ。
離れて行こうとする実ちゃんの右手をがっちり掴んだ瞬間、「小晴」、とその声が大きくハッキリ僕の名前を呼んだ。
背中を向けていたはずの実ちゃんが、僕を見下ろしている。
ぎゅ、と両手に温かいものが絡んだかと思うと、ぐい、と引っ張られた。
僕の両手と、実ちゃんの両手がしっかりと繋がって、ゆらゆらと左右に揺れる。
それをぼんやり見ている内に、僕はじわじわと状況を思い出した。
立ち寄った本屋さんで、サイン会イベントに殺到したお客さんに揉みくちゃにされてたら、実ちゃんが急に現れて――それで?
する、と実ちゃんが指先をゆっくりと解いた。
改めて、手を握られてたんだと実感し、僕の頰がじわじわと熱くなる。
恥ずかしさから視線を逸らすと、ようやくここが見慣れない部屋だと気づいた。
実ちゃんの口から発せられた瞳さんの名前に、僕はビクッと体を震わせた。
けどさ、と実ちゃんがその場にしゃがみ込み、長椅子に横たわる僕の顔を覗き込んだ。
不意にごにょごにょ言って視線を逸らした実ちゃん。こんなに近くにいるのによく聞こえない。
あの願い事をした時は、具体的にどう『キラキラする』かなんて全然分からなかった。
読者モデルとしてスカウトされて、事務所の専属モデル契約交わした時も、『星みたいにでっかくてキラキラした』モデルになる、なんてことも思わずに、ただ求められるがままに仕事してたけど……今になってようやく分かった。
俺にとって、モデルの仕事こそが本当の自分の夢を叶える舞台なんだって。モデル以外の仕事も考えたけど、やっぱり俺は、モデルの仕事、諦められない。
忘れられないんだよ。モデルになってさ、『かっこいい』って褒められたこととか、『雑誌を見たよ』って欠かさず報告してくれることとかさ。全部、俺にとって大事なものでさ。
自覚全然なかったけど、俺にとっての本当の原動力はそれだったんだなって、ようやく気がついた。
そう、お前がくれた言葉。ファンがくれた言葉だよ。
俺のことを信じて、エールを送ってくれるファンの……笑顔が俺は見たい。この先もずっと。
だから、俺は笑顔の源になる存在でありたい。そのために、できることは何だってやる。
瞳のマネージャーしてるのもそのためだ。単にマネージャー業をするだけじゃなくて、モデルとしての振る舞いや営業の方法なんかも教えてもらってんだ。
碧人は後輩だけど……あいつもただ見た目がいい期待の新人ってだけじゃないからさ、たくさん意見をもらってる。
あんな変なことに無理矢理付き合わせたから、俺のこと、すげー嫌いになったかもしれない。それは、仕方ねえことだ。嫌いにならないでくれ、なんて都合のいいことは言えない。
……だけどさ。お前がまた、モデルとしての俺を見てくれて、ハルってモデルをまた好きになって応援してくれたら……それだけで俺、滅茶苦茶嬉しいから。
不意に眉を下げてその強気な目を潤ませた実ちゃん。でも、その口元はふにゃり、と笑っている。
実ちゃん、今にも泣きそうだけど、嬉しそうだ。
僕も、鼻の奥がツン、とする。
笑顔の実ちゃんを間近で見ていられること。
今まで当たり前だと思っていたそのことが、泣きたくなるくらい嬉しいんだって改めて実感してしまう。
ああ、もう嫌だ。泣いちゃいそうだ、何か言って紛らわさないと。
と思ったら、実ちゃんがこほん、と咳払いをした。
泣きそうな顔から一変して、実ちゃんは真顔でじっと僕を見据えている。
ぱっと、また花咲くような笑顔を見せてくれる実ちゃん。
実ちゃんのけじめとして言わなくちゃいけないこと。それが、僕を悩ませるかもしれないと分かっていても、ちゃんと伝えると約束してくれたこと。
何も分からないのに、僕の中で今まで覆っていたモヤモヤが消え失せて、晴れ晴れとした青空が広がって行くような、とても清々しい気持ちでいっぱいになった。
明るく答える実ちゃんを見て、僕はようやく決めた。
どう誤摩化したって無駄だ。僕は実ちゃんのことが好き。
それは例え彼に別の好きな人がいたとしても変わらないんだと、認めざるを得ない。
実ちゃんが、大事なことを僕に伝えると約束してくれたんだ。
僕も、この気持ちを今度は誤摩化さずに、ちゃんと伝えよう。
元の従兄弟関係に戻るのは、今度こそ困難になっちゃうかもしれないけど、それでも、伝えたい。
その前に、僕にはしなくちゃいけないことがある。