碧人番外編 〈ウラ・イミテーション〉9.行き止まる思い
文字数 2,770文字
僕らはそれからも、体を重ね続けた。ほぼ毎日のように。
瞳は以前の乱暴さが嘘みたいに、丁寧に抱いてくれるようになった。
だけど、瞳がハルから離別宣言を受けた日以降、恋人のフリをしてデートをすることはなくなり、セックスの最中に「ハル」と呼びかけられることもぱったりとなくなった。
ハルの真似をしてみても、瞳は反応してくれなくて、ただ事務作業のように僕のことを抱く。
丁寧に抱いてくれるけど、それはきっと、僕にハルを見いだしたくないからなんだろう。
僕は知っているんだ、瞳。
事務所でハルの姿を見つける度、瞳の視線は必ず彼の方を向いてしまうこと。瞳が1人で、〈SHIWASU〉に足繁く通っていること。
瞳のスマートフォンには、ハル宛であろう未送信のメールが大量に保存されていること。
以前よりももっと、瞳はハルのことを求めている。
それは誰よりも一緒にいて、無感情に抱かれている僕が1番知っている。
ハルの怒声を聞いたのは、事務所のとある部屋を通り過ぎた時だった。
薄く開いたドアから覗き見れば、瞳がハルの腕を掴み、ぞっとするほど怖い顔で彼を睨んでいた。
ハルがそう怒鳴った途端、瞳が我に返ったように顔を強張らせた。腕を掴む手も弱まったのか、ハルが振り落としても、再度掴む様子はなかった。
扉を蹴飛ばし、ハルが僕を横切っていく。頭に血が上るあまり、僕が見えなかったみたいだ。
ちら、と室内へ視線を寄せると、瞳が顔を強張らせ、ハルの腕を掴んでいた手をこちらに向けたまま佇んでいた。
が、すぐにその手に拳を作り、部屋から出てきた。僕の視線を無視し、ハルが去っていた方向とは反対へ行ってしまった。
ハルが事務所との契約解除を迫られている。確かに、その話は以前から噂で聞いていた。ハルが自分から「まだ頑張らせて欲しい」って粘って保留になったって話だったけど、やっぱり事務所としては実績の出せないモデルは切りたいんだろう。
多分、瞳くらいだと思うな。モデルとしてのハルのことをあれだけ求めて、諦めきれない人間なんて。
前々から思ってたけど、瞳は救いようのないバカだ。
だけど、それ以上にバカなのは、そんな瞳のことを突き放せない僕だ。
『っはあ?! そんなこと、信じられるか、俺を振ったのは瞳の方だろ!』
何で僕が瞳のためなんかにこんな辛い思いをして、ハルに訴えなくちゃならないんだ。
『……瞳の恋人はお前だろ。
お前が何とかしろよ。俺は……俺が出る幕なんかねえよ』
その台詞を最後に、ハルとの通話が切れる。
その途端、僕は全身から力が抜けるのを感じて、その場にしゃがみ込んだ。真っ黒なディスプレイに映った自分が、歪んでる。
思わず漏れた呟きは、自分でも笑っちゃうくらい弱々しかった。
その翌晩。僕はいつものように瞳に呼び出された。
いつも通りホテルへ向かうかと思いきや、連れて行かれたのは〈SHIWASU〉だった。
テーブル席に着いてからそう尋ねたけど、瞳は答えず、ウエイターを呼び止めてウイスキーを注文した。
すぐに運ばれてきたウイスキーに口をつけ、あっという間に空にしてしまう。かつん、と空になったグラスがテーブルにやや強めに置かれるのを横目に、僕も運ばれてきた梅酒を口にした。
名前を呼ばれたのは、久しぶりだった。最後に呼ばれたのは、あの『本命』くんを巻き込んだデートの時以来。
同時に悟ってしまった。僕はもう、後戻りできないところまで瞳と関わりすぎてしまったんだ、って。
だって、名前を呼ばれただけで、抱かれている時みたいな甘い痺れが全身を通り抜けていったから。
そう告げた瞬間、腹の底に落ちた梅酒が熱を帯びたみたいに、体中がカッと熱くなった。