5-4 君の本当の気持ちは、どこにあるの?

文字数 2,916文字

 それから、一通りショッピングストリートを楽しんだ後、僕はトイレに、木谷くんは夕食をとるお店を決めに一旦別れた。


 

 このデートで改めて分かったことは、木谷くんがいかに僕を好きだと言うこと。どんなに些細なことでも、木谷くんが幸せを噛み締めているんだなって伝わってきて、そんな彼が可愛いと素直に思える。

 だけど、じゃあ自分も同じように木谷くんのことを思えるのかと問われると、即答できない自分がいる。


 じ、とトイレの鏡で自分の平凡(にしかどう見ても見えない)顔を眺める。

 悩みすぎて、眉間の皺がすごい。木谷くんのところに戻る前に直さないと、と思って押してるんだけど、ダメだ、考えが纏まらないせいで全然戻らない。


真面目にやろうと思えば思う程ドツボにハマってる気がする……まだまだ勉強不足かな、僕。

実ちゃんとの『恋人ごっこ』で学んだと思ったんだけど)

(って、また実ちゃんのこと考えてる。

だから、ダメだって、僕は今、木谷くんと――

相変わらず、表情が忙しいね、君は。

えっ。

 その聞き覚えのある中性的な声に、僕はぴしり、と固まった。

 鏡をよく見ると、僕の背後に誰かが立っている。

 同じくらいの背丈だからか、僕ですっぽり隠れちゃってるけど、ちらりと見えたあのライトグレーの髪と色素の薄い目は……。


 ぎぎぎ、とゆっくりと振り返ると、彼――碧人さんは涼しげな表情を崩すことなく、片手を上げて見せた。


こんばん……。
わー?! 出たあ?!

 思わず絶叫してしまった僕に、碧人さんは丸いフレームの眼鏡(伊達かな?)の向こうの目をじと、とさせた。

お化けが出たみたいなリアクション止めて。

ご、ごめんなさい……っていうか、何でここにいるんですか?!

仕事だよ。今は休憩中。

そ、そうですか。お疲れさまです……。

っていうか、僕こそ君に聞きたいんだけど。

君って実は僕のストーカー? SHIWASU〉といい、カフェといい、毎回君と顔を合わせるなんておかしいよ。

そ、そんな訳ないじゃないですかあっ! 僕だって引いてますよ、こんなに色々重なったら!

 全力で否定すると、碧人さんはどうだか、と冷めた眼差しで僕を一瞥して回れ右をした。

 そのまま出ていってしまうかと思ったんだけど、僕に背中を向けたまま1歩も動かない。


?  

あの……。

ごめん。

へ?

この前、〈SHIWASU〉で会った時、怒りに任せて君を巻き込んで……ごめんなさい。

 出入り口から聞こえてくるショッピングストリートの華やかなBGMにかき消されそうなくらい、小さな声だったけど。

 それは初めて聞いた、碧人さんの謝罪だった。

 よくみれば、白い耳が赤いし、肩も落ち着きなく揺れている。いつも動揺なんて言葉からかけ離れたような落ち着いた態度なのに。


あ、いえ……同席を持ちかけたのは僕の方ですし。

むしろ、こっちこそ事情をあれこれ聞いて申し訳なかったかなって、思って。

そんなこと、ないよ。

そのお陰で、僕はずっと我慢していたことを瞳にぶちまけられたから。

だから……君には感謝してるんだ。

自分の気持ちに、ケリをつけることもできたし。

 振り返った碧人さんは、穏やかに笑っている。

 微かに頬を赤らめているせいか、いつもにも増して中性的というか、同性に見えないというか……分かっていたことだけど、この人、綺麗だなあ、さすがモデルさんだなあなんて思ってしまった。


瞳も、多分そうだったんだろうね。ハルと、ちゃんと向き合ってるみたいだよ。

っ、そ、そう、ですか……それは……良かった……。

 不意打ちで聞いてしまった実ちゃんと瞳さんの話に、ずきん、と痛む胸を押さえながら、僕は精一杯笑おうとした。

 すると、碧人さんはむっと眉を寄せて、


勘違いしないで。「向き合う」だからね、「ヨリを戻す」じゃないよ。

ハルは瞳を振ったんだから。

え、振った……?

そう。結局、あれから色々あってね。

その中で、我慢できずにハルにもう1回やり直さないかって言ったんだよ、瞳。しかも僕の目の前でするもんだから、すごーくムカついた。

まあ、ハルが完膚なきまでに振ってくれたから、ざまーみろって思ったよ。

でも、振られた瞳の顔がまたイヤに清々しくてさあ、やっぱりムカついたけど。

……なんで。

君がいるからでしょ?

そんなっ……!!

だって、僕たちはもう、おしまいにしたんです。従兄弟に戻ったんです!

……それって、僕と瞳の話を聞いたせい?

いえ、僕がそうしたいって伝えたんです。もう、嫌だって。

ハルのこと、嫌いになったの?

違います! 

好き……だから、ちゃんと従兄弟として応援しようって思って……。

何それ。どうしてそうなるのさ。

実ちゃんを好きな気持ちが、僕にとって辛くて悲しいだけだったから……。

そんなの当たり前だよ。恋愛って、そういうものが伴ってこそでしょ。

むしろ、辛くて悲しいことばかりだったから、僕は自分の気持ちに気がつけたんだ。

……だから、僕も人に偉そうに言える立場じゃないけどね。

碧人さん……。

僕も、瞳との茶番はおしまいにした。

でも、僕は瞳のことが好き。誰にも渡したくない。偽りじゃなく、ホントの恋人になりたいよ。

……っ!

だから、理由がどうあれ、ハルが瞳を振ってくれて、僕はすごく嬉しかった。

まあ、だからって僕の方に今の瞳が来ても、付き合ってなんかやらないけど。

えっ、こ、恋人になりたいんですよね?

なりたいよ。ハルじゃなく、僕だけしか見てなくて、今よりずっと高い場所に立つ瞳の本命にね。

今の瞳じゃ全然ダメだよ。振られてもハルハルってうるさいし、僕に変な罪悪感持ってるし、芸能界での立場だってそんじょそこらの成功しかしてないじゃない。

そ、そんじょそこらの成功って……。

世界レベルで成功しなきゃ、認めないよ。

いくら謝られたって、お前としか付き合わないって言われたって、付き合わない。僕の本命は安くないんだから。

ええ……。

そのくらい、本気で僕と向き合って欲しいんだ。僕と同じくらい、瞳には僕のことを好きになってもらわなきゃ、意味がない。

 碧人さんの目は本気だった。軽い口調のように聞こえるけど、言葉のひとつひとつに重みがあって、受け止めるのが大変だ。

 碧人さんも、木谷くんと同じだ。本気でたった1人に恋をしている。


君は、どうなの?

えっ。

君は本当に、従兄弟でいいの? 

ハルに、本当は恋愛対象として好きなんだって、伝えなくてもいいの?

……僕、は……。

ハルを応援するって言った君の顔、僕にはまだ彼のことが好きでたまらないって、このままじゃ嫌だって言ってるように見えたよ。

……。

自分でもお節介なことを言っている自覚はあるよ。こんなの、僕のキャラじゃないし。


けど、君を見てると、どうしても自分と重なるから……言わずにはいられないんだ。

……違います、よ。碧人さんと僕は、全然……違います。

……そう。

 碧人さんが再び僕に背中を向ける。

 今度こそ、行ってしまうのかな、と思った刹那、そうだ、と彼が小さく呟いた。


ハル、事務所を辞めないって言ってた。そのためなら、何だってするって。

だから、かつて瞳が守りたくてたまらなくて、そして、君が好きだって言ってた『キラキラしたハル』は、もしかしたらまた、見られるかもね。

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登場人物紹介

魚谷小晴(うおたに こはる)

駆け出しの雑誌編集者。23歳。

何事にも一生懸命で人当たりもいいが、時折恐ろしい程の鈍感っぷりを発揮することがある。(主に恋愛関係において)

恋愛経験ゼロ。ファッションセンスもゼロ。

多分、ノンケ。

従兄弟の実治にいつも振り回されていて、彼の「お願い」を拒めない。



水野実治(みずの さねはる)

小晴の従兄弟。小晴からは「実ちゃん」と呼ばれている。23歳。

「ハル」という芸名で、ファッションモデルとして活動中。

ゲイであり、現在、モデルの恋人がいるらしいのだが……?

負けず嫌いで、ややワガママなところがある。

日和 智(ひより さとし)

小晴の上司。47歳。

小晴の母親(作家)の元担当であり、小晴が編集者に憧れるきっかけを作った人物でもある。

物腰が柔らかく、口調も穏やか。が、仕事に対しては厳しく、笑いながら容赦ない言葉を吐くこともある。

木谷新二(きたに しんじ)

小晴の職場に隣接しているカフェ「うのはな」でアルバイトをしている大学生。21歳。

小晴の高校生の時の後輩。

誠実で生真面目だが、動揺すると顔や行動に出てしまう。恋愛経験が乏しく、それ絡みの話にはウブな反応をする。

如月瞳(きさらぎ ひとみ)

実治の恋人。実治と同じ事務所に在籍するモデル。24歳。

ゲイ。タチ専門。

実治とは同じ時期にモデルデビューした経緯があり、ライバル兼友人としての付き合いが長い。最近はドラマや映画など、俳優としても活躍中。

実治曰く、性格は「すげー最悪」。

美樹碧人(みき あおと)

実治、瞳と同じ事務所に在籍する新人モデル。20歳。

仕事の時は笑顔を絶やさないが、普段は感情の起伏が乏しい。

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