通勤電車(3)

文字数 582文字

「あら。いいじゃない、スーツ。」

 母は私を見て言った。

「お姉ちゃんのだよ。」

 私は言った。

「たまにはいいんじゃない?そういうの。」

 母は言った。

「結構歩くの?」

 姉が聞いた。

「うん。歩くんじゃない?よくわかんないけど。」

「じゃあ痩せるかもね。」

 姉はいつもダイエットに興味を持ってはいるがあまり実践しないタイプだ。

「その分食べなければね。」

 私は自分への戒めを言ってみた。ストレスで暴飲暴食などしないようにと。

「カッコイイ人いた?」

 姉がいたずらっぽく聞いてきた。

「いない。っていうかそんな余裕ない。」

 私はコーヒーでパンを流し込みながら言った。今日1日中、また佐藤さんの後ろに馬鹿みたいに控えていることを考えたら気が重くなってきた。

「メイクも気合い入ってんじゃん。いつもより。」

「そう?」

 そんなつもりは全くなかったけれど、マスカラをきちんとしたせいかもしれない。

「もうちょっと色気のあるスーツがいいんじゃない?リクルートスーツじゃないんだから。胸の谷間を覗かせるようなヤツ。」

 姉が笑いながら言った。

「色気は必要ない。ったく。面白がってんでしょ。」

 私はキッと姉を睨みながら言った。

「真面目に言ってんだよ。谷間はともかく。ボディラインが綺麗に見えるような色っぽいスーツにしなよ。」

「そんなの知らない。」

 私は姉のからかいを相手にせず素っ気ない返事をしておいた。
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