第45話教会を出ようとする元 しかし

文字数 1,344文字

目を覚まし、身体を起こした元は、春麗に抱えられてベッドをおりた。
やはり打撲からの痛みが強いので、顔をしかめる。
そのまま、マルコ神父とシスター・アンジェラ、春麗と一緒に隣の部屋に入った。

シスター・アンジェラは、「鎌倉駅から見ていたけれど」と話し始め、一部始終を説明すると、元は下を向く。
「馬鹿なので・・・ご迷惑を」

マルコ神父は、小さな声。
「何か辛いことが?」
春麗は心配そうに元を見る。

元は、上手に説明ができない。
今回の発端は、マスターが元の過去を調べたことが、気に入らなかったこと。
元自身、マスターに悪意があるとまでは思っていない。
クラブでピアノを弾かせてくれたり、飯をくれたり、警察の誤認連行から救ってくれたことは感謝している。
しかし、孤児の過去を調べられたことが、すごく嫌だった。
それで、「切れて」しまったのが、真実。

黙ってしまった元に、シスター・アンジェラが声を掛けた。
「言える範囲でいいよ」
「でもね、元君、ここは神の家」
「神は元君のことは、何でも知っています」
「その神が、元君を癒そうと思われた」
「だから、ここにいるの」
「私たちは、その神の御業のお手伝い」

しかし、元は言い辛い。
吉祥寺のクラブの演奏は許されると思う。
また、警察の誤認逮捕を、クラブのマスターに救ってもらったことも、話しても許されるはず。
しかし、クラブで酒に酔い、名前も知らない女の家を転々としたことは言い辛い。
恩師のピアノ講師の頼みを嫌がった結果とはいえ、叱られると思う。
元自身が、とんでもない、地獄に落とされるような、罪深い人間、そんな自己嫌悪しか生じない。
それに、それを言った結果、ここから放り出されるのではないか、そんな強い懸念がする。
元は、しっかりと説明ができない以上、ここにいるべきではない、と思った。
それ以上に、罪だらけの生活を送って来たなど、お世話になった二人に言って、がっかりさせたくなかった。

元は、マルコ神父とシスター・アンジェラに、頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「しかし、罪深過ぎて、ここにはいられません」
「治療代は、何とか働いてお返しします」

春麗がハラハラとするけれど、マルコ神父は、やわらかな顔。
「いや、元君、そうはいかない」
「神は元君の全てを知り、元君の癒しを我々に託された」
「我々が元君を癒すお手伝いをするのが、神のお気持ち」
「言えなければ言わなくてかまわない」
「私たちは、聞いても聞かなくても、元君を健康に戻し、笑顔にさせるのが、神から与えられた仕事」

シスター・アンジェラは、戸惑う元に、含み笑い。
「マルコ神父は、力づくでも、元君をここに置きますよ」
「あなた、レスリングでマルコ神父に勝てるの?」

元は、ここでも、上手く答えられない。

マルコ神父が話をまとめた。
「我々には、言える時で構わない」
「既に神はご存知なのだから」
「何十年先でも、我々が神に召された後でも、それは心配ない」

元がまたしても答えられず、放心状態になっていると、部屋のドアにノック音。
シスター・アンジェラがドアを開けると、吉村教授と大学職員の三井。
そして鈴木奈穂美が入って来た。

元が、驚いていると、鈴木奈穂美が半泣きの顔。
「中村さんと、杉本さん、マスターも駆けつけるとか」

元は、呆然となっている。
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