第19話探偵中村の調査(1)

文字数 1,582文字

マスターから元の過去の調査を頼まれた、探偵の中村は国会図書館に出向き、音楽系を含めた数社の新聞や雑誌を見ている。
「マスターが言うのは、5年前の都主催の音楽コンクールか」
「うん、あった」
「ピアノ部門優勝者は・・・田中元」
「正確で情感のこもった演奏で、最高の評価を得た」
「明るい将来を嘱望させるか・・・笑顔で賞状をもらっている」
「今では考えられないほどの笑顔だ」

探偵中村は、マスターから聞いた話を思い出した。
「元君は確かに有力候補だった」
「しかし、同じコンクールで、もう一人有力候補がいた」
「親が都議」
「女の子だったかな、超一流の尾高と言う指揮者兼ピアニストの門下生」
「名前が佐伯・・・何とか」

しかし、探偵中村は、受賞者の中に、「佐伯」の名前は見つけられない。
いろんな新聞を何度も読み返しても、見つからないので、途方に暮れた。
手の打ちようがないので、警視庁時代の後輩を介して、神保町の音楽雑誌社に出向いた。

その音楽雑誌社で面談に応じたのは、年輩の杉本と言う女性。
「そうですか、田中元君の事件ですか?」

探偵中村は、最初から「事件」と言われて、気を引き締める。
「杉本さん、何があったのですか?」
「元君に問題でも?」

杉本女史は首を横に振る。
「いえ、元君は、何の非もありません」
「むしろ、元君は被害者です」
「結局、嫌気がさして賞状もトロフィーも自主返納しています」

探偵中村は、首を傾げた。
「せっかく取った賞状とトロフィーを自主返納?」
「演奏そのものは、その日の各社の新聞では、高評価となっていますが」

杉本女史は苦々しい顔。
「私も、今でも元君が可哀想で」
「まあ、要するに、佐伯さんは都議会の大物の娘」
「しかも、尾高大先生の直弟子」
「本来は、佐伯さんが優勝するはずの、出来レースの都主催のコンクール」

探偵中村は、杉本女史の語るに任せる。
はっきりとした言い方をしているので、業界では誰でも知っている事実と、理解する。

杉本女史は続けた。
「しかし、佐伯さんは、本番で相当緊張したのか、ミスの連発」
「途中で止まるし、フレーズは間違う」
「大泣きになりながら、結局最後まで弾くことができず」

探偵中村は、腕を組む。
「それなら、当然受賞対象にならないのでは?」
「元君が、賞状とトロフィーを返却する理由にならない」

しかし、杉本女史は首を横に振る。
「まず、当日の演奏順番なんです」
「元君がラストから二番目。佐伯さんは出来レースの最有力なのでラスト」
「ところが、佐伯さんは、元君の完璧な演奏に、相当なプレッシャー」
「元君以上に弾かないと、尾高大先生にも、都議の親にも叱られると、緊張し過ぎてしまった」
「それでミスを連発、さすがに出来レースの審査員としても、佐伯さんを入賞させることはできなかった」

探偵中村は、杉本女史の苦しそうな顔が気になった。
「そこから、また何か?」

杉本女史は、声を低くする。
「コンクール後に、佐伯さんは、楽屋で尾高先生と都議の父に酷く叱られ・・・ますます動揺して・・・倒れて床で頭を打って、救急車を呼んで」
「そうしたら、救急車が来る前に都議の父が大錯乱、何と関係がない元君に逆ギレ」
「元君の楽屋に押し掛けて、お前が悪いって、お前が娘に何かしたのかって、怒鳴って、私も取材担当者で現場を見ていました」
「しかし、そんなことは、他のコンクール出場者も付き添いも、誰も認めない」
「そもそも、お互いに面識もなく、二人の楽屋も離れていて、接触のしようがないのですから」
「それなのに、元君のピアノの先生、深沢って言ったかな、都議にペコペコ謝って」
「やはり都議と大指揮者に遠慮したのか、謝らなければその場が収まらないと思ったのか」

探偵中村が厳しい顔になると、杉本女史。
「佐伯さんは、可哀想に、今でも意識混濁、植物人間状態です」

杉本女史は、まだ何か情報があるようで、鞄からタブレットを取り出している。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み