第26話ピアノ講師深沢の「急な都合」とは 鈴木奈穂美と母律子

文字数 1,166文字

ピアノ講師深沢は、元の家の次に、鈴木奈穂美の家に向かった。
尚、元の家では泣き顔だったけれど、鈴木奈穂美の家には、別人のような笑顔で入った。
「それでね、奈穂美ちゃん」
「急な話で、申し訳ないけれどね、地区の文化祭でピアノの伴奏をして欲しいの」
「主婦コーラスで、小学校唱歌」
「それほど難しくない、奈穂美ちゃんなら大丈夫」
「練習は、本番が近いから、毎日になるかも」
「時間は、午後2時から、主婦が中心なので」

奈穂美は一歩引く。
「いや、お世話になった深沢先生ですけれど・・・」
「もう何年もピアノは弾いていなくて」
「大学の授業もありますし、必須の授業で」
「出席しないと単位も怪しくなるので」

しかし、深沢はしつこい。
「そこを何とか、お願いしたいの」
「本当は私が弾けばいいけれど」
「あいにく、急な用事が入ってしまって」

奈穂美は、それでも、抵抗する。
「あの・・・できれば他の人に」
「私は無理です」
「とても弾けません」

ここで深沢が、いつもの泣き顔になる。
「もうね、あなたの前に、お世話した子にお願いしたの」
「個人レッスンだったから、スクールの奈穂美ちゃんとは面識はないかな」
「でもね、薄情な子で」
「せっかく久々のステージを準備したのに」
「居留守を使って逢おうともしないの」
「本当に恩知らずで」

台所で話を聞いていた、奈穂美の母律子が、顔を出した。
「深沢先生、奈穂美は弾く気がないようです」
「それと、学生なので、やはり学業優先」
「それを先生の都合で、無理やりは、親としても認められません」

その強めの言葉に押されたのか、深沢は苦しそうな顔。
「仕方ないわねえ・・・もう一度・・・」
「また居留守の門前払いかな」
「困るのよねえ、私も」

あまりにも居座るので、母律子は厳しい顔。
「そもそも文化祭って、相当前から決まっている話でしょ?」
「それで、深沢さんに急な用事って」
「深沢さんは、その急な用事を受けたの?」

深沢は、また少し押されるけれど、すぐに笑顔。
舌までペロッと出す。
「友達と京都旅行の話が持ち上がって」
「それで、日を間違えて、重なってしまって」
「日が重ならなければ、それは責任を持って伴奏しますよ」
「でもね、せっかくの京都旅行、それに比べたら地区の文化祭なんてゴミです」

この深沢の「急な用事」には、奈穂美も母律子も、呆れた。

母律子は、ますます厳しい顔で、三行半。
「先生、お引き取りください」
「あまりにも勝手が強過ぎます」
「もう、顔も見たくありません」
「二度と来ないでください」

しかし、深沢は、まだ抵抗。
「それも私は困るのよ」
「しっかりとしたピアニストを連れて来るって約束しちゃったし」
「そのピアニストが、恩知らずにも、居留守をするからさ」
「奈穂美さんと同じくらいの男の子だけどね」

母律子と奈穂美は、顔を見合わせた。
言葉には出さないものの、「田中元」を意識している。
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