第38話元は鎌倉へ コンビニで酒を買い、由比ヶ浜で意識不明

文字数 1,072文字

クラブを飛び出した元は、吉祥寺駅から井の頭線に乗った。
途中、明大前で京王線に乗り換えれば、家のある千歳烏山に行ける。
しかし、そんな気持ちは、さらさら無い。

渋谷駅を歩いて、そのまま湘南新宿ラインに乗った。
ただ、全く行先は決めていない。
「世田谷にも帰らねえって言ったんだから」
「マスターとも、これでおしまい」
「何なら、この世とも、これでおしまいでいいや」

そうなると、行先は、自ずと決まって来る。
「川だと、見つかるかもしれねえ」
「ドブ川も、俺には似合うが、臭いのは嫌だ」
「海で流されれば、魚のエサぐらいにはなるだろう」
「その方が、馬鹿な俺でも、何かの役に立つ」

そんなことを考えていると、鎌倉のアナウンスが聞こえて来た。
「駅から歩いて、そのまま海か」
「それでいいや」
元は鎌倉で降りた。

少し歩くと、コンビニがあった。
「酒に酔って、そのままがいいな」
「酔っ払いの溺死」
「よくある話だ」
「普通に入水自殺なんて、俺にはもったいない」

元はコンビニで、一番高いウィスキーを買った。
コンビニを出た時点から、グビグビと喉に流し込む。
海岸までの途中、家の鍵をゴミ箱に捨てた。
「帰る家はない」
「戻る場所は、地獄だけだ」
「馬鹿な俺には、地獄でも、もったいない」

すれ違う人たちが、元を避ける。
「どうせ、酒臭いんだろ?」
「いいや、どうせ、俺なんて、そんなもの」
「この世の見納めで、お偉い普通の人を見るのも贅沢だ」

ただ、やはりウィスキーの原液は、強い。
しだいに、足元がふらついて来た。
そうすると、すれ違う人という人が、ますます元を避ける。

「ありがたいな」
「最後の道を開いてくれるのかい」
「でも、転べば蹴飛ばすのか?」
「血だらけ、骨折で死ぬか」
「そのほうが死にやすいか」

そう思っていたら、案の定、ちょっとした段差で転んだ。
したたかに、顔を地面に打った。
額も割れたようで、血がボタボタと流れ落ちている。

元は呻いた。
「痛てえなあ」
「でも、これが、この世の最後の痛みだ」
「よく味わっておくか」
「地獄でも、もったいない俺には、分を超えた褒美だ」

元は、起き上がった。
額から血を流しながら、由比ガ浜に向かって歩く、
途中、またウィスキーを喉に流し込む。
口の中も切ったけれど、酒の効果で、もはや、痛みは感じない。

フラフラが強くなったまま、由比ガ浜に入った。
額から流れ出た血が、目に入って、これは痛い。
「目も開けられねえ」
「海が見えねえ」
「情けねえ、馬鹿は馬鹿だな、歩くこともまともに出来ねえ」

元は、砂浜の流木につまづいた。
思いっきり、砂浜に頭から突っ込んだ。
そして、そのまま、意識を失ってしまった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み