第70話コンクール直後も深沢講師はしつこかった 美由紀と奈穂美は教会に泊ることに

文字数 1,296文字

元は、全員に頭を下げた。
「先に銀行に行きたいので」

マルコ神父は、元の顔を見た。
「鎌倉までの車の中で」

元が頷いたので、一行はそのまま、銀行に直行。
キャッシュカードの再発行の手続きを済ませた。

銀行を出発して、元がポツポツと語った内容は、次の通り。

コンクールの本番の後、佐伯都議から突然大声で怒鳴られたこと。
元は意味不明だったけれど、深沢講師が、佐伯都議に、しきりに謝っていたこと。
深沢講師は元の首を抑えて、佐伯都議に謝罪させようとしたこと。
「何故」と聞いたら、深沢講師は「私が困る、私の仕事がなくなる」とだけだった。
その後、佐伯都議が姿を消した後に、「賞状とトロフィーを返しなさい」と、何度も言われたこと。
それでも、その日は納得できなかったので、家に持って帰った。
しかし、翌日から、何度も「賞状とトロフィーを返しなさい」」と家に来た。
断ると、「あなたは私の足手まとい」と、罵られたこと。
もう来てもらいたくなかったから、数日後に、賞状とトロフィーを、コンクールの本部に返した。
そうしないと、深沢講師が来て困るから。
しかし、その後に、また深沢講師が来て、「返すのが遅い」と叱られた。
「今後の音楽の世界は諦めなさい、師弟の縁を切る」
もはっきりと言われたこと。

元は、ここまで話して、息をついた。

話をじっと聞いていた面々から、途端に、様々な言葉が出る。

「そんなことをしておきながら、言っておきながら、地区の主婦コーラスの伴奏を?」
「師弟の縁を切ったんでしょ?」
「それなのにどうして、来るの?」
「何のためらいもなく、何度も」
「誰だって嫌だよ、そんな人に、何度も来られると」
「元君が家出するのも、わかる」
「俺だって、家を出たくなる」
「ノイローゼになるね。あまりにも身勝手で」

そんな声を、元は意外な思いで聞いていた。
戸惑ったような顔で、またポツリ。
「俺が我がままで悪いって、叱られるかと思っていた」
「何度も、我がままとか、何様のつもり?って叱られたから」

シスター・アンジェラが、元の手を握った。
「私たちが見る限り、それと雑誌社の杉本さんも言っていました」
「深沢講師は、そういう自己中心的な性格の女性」
「簡単には、変えられないと思います」
「しばらく、離れたほうがいいかな」
「元君は逃げるようで、悔しいでしょうけれど」

マルコ神父が大きな声で、元を慰める。
「元君を心配して、助けてくれる人が、こんなにいる」
「本当は、もっと大事にされなければならない人だよ」
「だから、みんなを信頼して」
「これも神のお導き」

鎌倉が近くなったところで、シスター・アンジェラが、美由紀と奈穂美の顔を見た。
「お嬢様方、今日は金曜日です」
「明日は大学の授業はあるの?」
美由紀と奈穂美は、顔を見合わせる。
美由紀は、「私は、ありません」と答え、奈穂美も「私もありません」と、即答。

シスター・アンジェラは、うれしそうな顔。
「でしたら、お部屋を用意します」
「元君の演奏が日曜日、それまで教会に泊まっていらしては?」

元は「え?」と驚くけれど、美由紀と奈穂美は、ここでも即答。
同時に「お願いします」と言いながら、お互いの家にスマホで早速連絡を取ってしまった。
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