第63話元の養母の出自と行状

文字数 1,329文字

リハビリを兼ねたオルガン演奏を終え、元は春麗と教会を出て、自分の病室に戻って行った。

それを見送ったシスター・アンジェラは、音楽雑誌社の杉本に話しかけた。
「杉本さん、少しお時間が取れます?」
「教えていただきたいことがあるので」
杉本は、「はい、構いません」と、シスター・アンジェラの質問を促す。

シスター・アンジェラ
「元君の、養母の田中さんの奥様」
「私もある程度は、性格を把握しているのですが」

杉本は、シスター・アンジェラの意図を、すぐに理解した。
「はい、かなり・・・きつい・・・女性です」
「私たちの業界でも、知らない人はいないくらいに」

シスター・アンジェラ
「私はね、元君の・・・暗さに影響があるのかなと」
「それが気になっていてね・・・完全にネグレクトですし」

杉本は深く頷く。
「元君に対する話は・・・後ほど、知っている限りのことをお話します」
「その前に、彼女自身の出自とか言動についてです」

シスター・アンジェラは、身を乗り出した。
「お差し支えなければ、教えていただきたいのです」

杉本がシスター・アンジェラに懇願されて、語った出自は、要約すれば以下の通り。
田中晃子、旧制菊池晃子は、出身が博多で、父親は市役所の役人で安定していたけれど、それほど裕福ではなかった。
彼女自身が、とにかく勝気で上昇志向が強い。
田中を夫にしたのは、田中が大人しく、実家が財産家であったことらしい。
名古屋の名家である本多家との関係は、あまり知らなかったらしい。

ここまでは、シスター・アンジェラも、ある程度は知っているので、顔色を変えない。

杉本の顔が、少し厳しめになった。
「とにかく、他の音楽家がたくさんいる前で、大声で夫の田中さんを罵倒します」
「当初は冗談程度と笑っていた音楽家たちが、途中から止めに入るほど」
「罵倒の理由は、田中さんが下手とか、うだつが上がらない、稼ぎが少ないとか」
「容貌もありましたね、ゴミためみたいな顔とか、大声で笑いながら」
「田中さんは、青い顔で聞くだけで」

シスター・アンジェラが顔をしかめると、杉本は、より厳しい顔で続けた。
「聖職者の耳に入れていいものか・・・」

シスター・アンジェラは頷くので、杉本は、声を低くした。

「コンサートの打ち上げで、毎回大騒ぎ」
「大騒ぎするだけならいいけれど、他の男性音楽家に抱きつく」
「キスをせがむ、そのまま、キスをしてしまう」
「しかも、田中さんの前で」
「田中さんも、弱いので、何も言えず」

呆れて首を横に振るシスター・アンジェラに、杉本は、もっとすごい話。
「コンサートの打ち上げの後、外国人の有名指揮者と、そのままホテルに」
「それが何度もあったそうです」
「つまり、公然と浮気ができるタイプの女性です」
「田中さんの心中は、わかりかねます」

シスター・アンジェラは、がく然とした顔。
「あまりにも身勝手で・・・」
「自分さえ、快楽があれば・・・と・・・」

杉本
「ヨーロッパに渡れたのも、フランスの有名指揮者に抱かれたからとか」
「それは、本人が言っていました」

シスター・アンジェラは、杉本の話を一旦、止めた。
「奥様と田中さんの話は、今日はそこまでで」
「元君に対しての話を」

杉本の目から、スッと涙がこぼれた。
「元に対しての話」も、かなり厳しくなるらしい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み