第21話音楽雑誌社杉本が知る秘密 杉本は元の家に出向く

文字数 1,313文字

音楽雑誌社の杉本は、昼間に探偵の中村と話をしてから、落ち着かない。
「大事なことを、まだ言っていない」
「早く言うべきか・・・」
「時間の問題で、いずれわかるけれど」

杉本の閉じた目に、突然、元の泣き顔が浮かんだ。
「ひどく泣いて」
「嫌がって・・・行きたくないって」
「施設にいたいって、泣いて」
「たまたま、遊びで弾いたピアノが上手で」
「慰問に来た音楽家夫妻の目に留まって養子になった」
「その取材をして、記事にしたのは私」
「園長先生の話では、元君は赤ちゃんポストに捨てられていた子」
「実の親は誰なのか、生きているのか、どうか、全くわからない」

杉本は、何回か、子供の頃の元に逢いに行ったことがある。
「ほとんど、引き取った養父母は家にいなかった」
「練習やらコンサートで、特に夜はいない」
「食べるものは?と聞くと」
「コンビニのパンと牛乳って」
「お金だけは渡していたみたい」
「かろうじて、洗濯と掃除と。お風呂は教えられていた」
「家が臭くなるから、って言われたとか」
「進学とか、そういう時には、連絡がついたみたいで、トラブルはなかった」
「例のコンクールは、養母の音大の同級生、深沢さんが手続き」
「引き取った養父母はパリで本番とかで、来なかった」

そんなことを思い出していると、元の家に行きたくなった。
上司に取材の願いを出す。
「かつての都のコンクール優勝者、田中元君の取材です」

上司も、田中元を覚えていた。
「ああ、彼?」
「優勝だけして、賞状とトロフィーを自主返納」
「もったいないよな」
「確か、女狂いの尾高と、佐伯って都議の、ものすごい圧力で」
「業界では、誰も逆らえないから、記事にしないだけでさ」
「結局、圧力を怖がって、誰も表のステージにあげない」
「でもいいか、取材するだけして来てくれ」
「噂では、吉祥寺のクラブで、時々弾くようだよ」

上司の了解が得られたので、杉本は雑誌社を出て、千歳烏山に向かうべく。神保町から都営新宿線に乗る。
「手土産・・・何がいいか」と考えるけれど、なかなか浮かばない。

結局、「食べるもの」に決めて、駅前のスーパーで、カツサンドを買う。
「まあ、これならボリュームもあるし、一食分ぐらい」

そのまま、スーパーを出ると、数歩先に見覚えのある顔。
「あれ?元君のピアノ講師の深沢さん?」

しかし、深沢は杉本に気づかない。
知り合いの主婦らしき女性と大声で笑い合っている。
また、大声なので、話の内容も聞こえて来る。
「地区の文化祭?」
「おばさんコーラスか」
「ピアノを弾くとか弾かないとか?」
「そんなことで大騒ぎ?馬鹿馬鹿しい」

杉本は結局、深沢には挨拶はしない。
そのまま、元の家に向かった。

「懐かしい」
杉本は、見覚えがある家を見て、まずは懐かしさを感じた。

「いるのかな、今は大学生か」
「いないかもしれない」
そう思うけれど、取材に来た以上は、チャイムを鳴らす。
しかし、反応はない。

「雑誌社の杉本です」とインタフォンで声をかけてみた。
反応はない。

照明はついているので、庭に回り、窓のカーテンの隙間から家の中を見た。
そして、元を発見。
「あれ・・・元君?・・・寝ている?床で?」
「もしかして倒れているの?」

不安を感じた杉本は、探偵の中村にメッセージを送った。
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