第64話養母晃子の元への仕打ち

文字数 1,265文字

「元君が小さな頃に、泣きながら教えてくれました」
杉本は、涙が止まらないので、一旦ハンカチで目をおさえた。

「深夜に帰って来て・・・」
「とにかく酒臭くて」
「叩き起こされて」
「ピアノを弾かされて・・・」
「少しでも眠そうな顔をすると、殴られて蹴られて」

「嫌って言ったら」
「ベランダに放り出されて」
「鍵をかけられて、大雨の夜に」
「大雪の夜もあったとか」

「鍵を掛けられたまま、夜を明かしたことが何度も」
「でも、音がすると起きて来て怒るから、じっと我慢して音を立てないようにして」
「くしゃみも出来ない、咳も我慢して」
「出かけた後にベランダから飛び降りて、家にようやく入ったとか」

シスター・アンジェラは質問。
「でも、家の鍵は?」

杉本は冷静に戻った。
「合鍵を余分に作ってあったそうです」
「それを、庭の下に埋めてあったとか」
「でも、音楽家なので、出かけてしまうと、なかなか帰って来ない」
「帰ってくる頃には、自分のしたことなど、すっかり忘れていたとか」

しかし、また顔を暗くする。
「酔った勢いで、元君を押し倒して」
「その口にコニャックの原液を流し込んだことが、何度もあったとか」
「それで吐いたりすると、またベランダに放り出されるから、懸命に耐えたそうです」
「それが、小学校高学年から中学頃の話」
「ただ、中学3年の春に、田中夫妻はヨーロッパですから、それ以降は、聞いていません」

杉本の長い話は、一旦終わった。

シスター・アンジェラは、胸の前で十字を切り、話し始めた。
「そういう・・・元君のケアも考えないといけない」
「私にも、重大な責任があります」
「千歳烏山の家に送りだしたまま、何の手助けもしていません」
「元君が鎌倉に来て倒れたこと、この教会に来たことも、神の思し召し」

杉本が、不安な顔になった。
「今後、元君の演奏をネットで流すことにして」
「おそらく評判が高まります」
「その際に、田中晃子さんが、何をして来るのか」
「金品の要求をして来るのか」
「酷い言葉をぶつけて来るのか」

シスター・アンジェラは、目を閉じた。
「元君が、演奏をする」
「それで収益が出れば、経費はともかく、元君がもらうのが当たり前」
「しかし、田中晃子さんの言動を見れば・・・」
「つまり、自分にも分け前があって、当然と・・・」
「そうでなければ、何かの妨害を?」
「しかし、何の妨害ができるのかしら」

杉本は、ここに来て、言い辛そうな顔。
「申し訳ありません」
「まだ、言っていないことが」

シスター・アンジェラが杉本の顔を見ると、杉本は、また声を低くした。
「田中晃子、旧制菊池晃子の母の実家は、極道です」
「それも、血生臭い事件が多い」
「子分に抱えているのは、日本人だけでなくて」
「国籍もわからないような外国人が多い」
「その外国人の中には、お国柄で、戸籍がない人もいるとか」
「日本人でも・・・戸籍がない・・・出生届を出さない人」
「極道同士に生まれた子供とか」
「そういう人を多く抱えているそうです」
「それで血生臭い事件があっても、日本の警察の捜査が進まない」

シスター・アンジェラの顔は、ますます厳しくなっている。
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