第15話元はあっさりと店を出て行った

文字数 1,031文字

元は、ピアノから離れてカウンター席に座った。

マダムは元の前に珈琲を置く。
「相変わらずだね、もっと弾けばいいのに」
元は珈琲を不機嫌な顔で飲む。
「芸人でない、ご機嫌取りのピアノは弾かない」

マダムは話題を変えた。
「さっきも気になったけどさ、しっかり食べてる?」
「顔青いよ」
元は不機嫌なまま。
「そんなの、あんたに何の関係が?」
「自分の身体で、どうなろうと自分の勝手」

マダムは、呆れた顔。
「それも変わらないね、頑固で」
横を向く元にマダムは続けた。
「でもさ、元君がどう思うとね、勝手に心配させてもらうよ」

元がしばらく黙っていると、店のドアが開き、二十代前半の若い女性が入って来た。
そしてマダムには「お待たせ」、それから元を見て驚く。
「元・・・君?」

元も、その若い女性を見る。
ただ、元の口からは「誰?」

若い女性はがっかりした顔。
「少し前に一緒にセッションしたでしょ?」
「この店のアルバイトもしている明美です、覚えていないの?」
「ほら、私がアルトを吹いて、元君がピアノ」

元は、それでも反応が弱い。
「曲を言ってもらえればわかるかな」

明美は、やれやれと曲を口にする。
「ミスティやったでしょ?」
「すごく吹きやすくて」

元は、ようやく頷いた。
「なんか、やったような気がする」
しかし、明美やマダムの顔を見ない。
それどころか、「お勘定を」と、席を立ってしまった。

マダムは、首を横に振る。
「あれだけのラウンド・ミッドナイト聴いたんだ、お金は取れない」
元は、「そう?それでいいなら」と、そのまま、店を出て行った。


さて、残されたマダムと明美は、お手上げ状態。

マダム
「腹が減ったって、入って来て」
明美
「食べたらピアノ弾いて、あっさり帰る」
マダム
「ピアノは別格、でも」
明美
「性格と暮らしは荒れているかな」
「付け入るスキがない、刃物と話をしているみたい」

マダムはため息をつく。
「でもねえ・・・何とかしてあげたいのよ」
明美は下を向く。
「私は自信ないな、あの子の心、闇の中だもの」

マダムは頷く。
「ただ、音楽だけか、顔に光がさすのは」」
「それ以外の、実生活は、どうしようもないかも」
明美はマダムの顔を見た。
「どうして、あんなになったのかな」
「ねえ、マダム、何か知っている?」

マダムは、首を横に振る。
「具体的には、わからない」
「でも、中学の頃までは、明るかったよ」
「高校に入って、例のコンクールの直後から、あんな感じ」
「もう、かなり経つのにね」

元が去った店の中で、マダムと明美は、先行きの見えない話を続けている。
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