第72話 獣のユウキ

文字数 1,173文字

 絡み合っていた指は解かれ、いつしか僕の手は憲斗の腰に、憲斗の腕は僕の肩に回っていた。僕は太い腕に抱かれながら、胸元にしがみついていた。
 憲斗の胸がゆっくりと上下するのを感じる。それと一緒に僕も、ゆっくりと浮いて、また沈んでいく

 生きてる…

 優しい指使いで背中を撫で回す…、と思ったら、今度は髪の毛を無造作に掻き上げる。僕はその度に、ブルブルッ、と震えて、さっきより強く胸に顔を埋める。
 憲斗、分かっててやってるよね
 ずるいよ
 この胸に噛みついてやりたい…

 でも、こんなこと、今まで一度も無かった。男の人に身を任せて平気でいられる… なんて想像すらできなかった。ずうっと、一生懸命男の振りして、一生懸命自分が男だって言い聞かせてきたから。

 多分ね、僕は昔から、男の子にモテていたんだ。でも、そんなこと、絶対に認めたくなかった。
 怖かった…
 高2の学園祭で、無理やり出場させられた“女装コンテスト”では優勝だった。それもブッチギリのダントツ優勝。笑いもとれないくらい完璧なやつ。学校中にイケメンで通ってる審査員の先輩から、僕と付き合って下さい!なんてノリノリの感じで言われた。場内、爆笑。
 全然嬉しくなかった…
 ステージで優勝の感想を聞かれたとき、言葉が出なかった。嬉しかったんじゃない。自分の容姿を本気で呪った。そんな気持ちは直ぐみんなに伝わった。会場は一瞬にして白けムード。思い出したくもない記憶だよ…
 
 お前、もしかしてユウキに気があんじゃね?
 そう言ってからかわれている場面に、よく遭遇した。知らない男子がそう言われてるの。それでね、決まって最後はこうなんだ。
 キモッ…て…
 だから、告白なんて、もってのほか。そんな話が伝わってきたり、素振りを感じただけで、もう全力で避けていた。たとえその子がどんなに真剣で、どんなに魅力的だったとしてもダメ。だって、僕まで一緒に馬鹿にされ、笑われてるような気がしたから。

 ああ、好きな人に抱かれながら、何でこんなこと思い出してんだろ…。
 今日くらいケモノになってもいいじゃん。
 憲斗も、ユウキが変身するの待ってる。
 分かるもん。
 まあ、僕がケモノになったところで敵うはずないの分かってるけど。ケモノっつったって、せいぜい盛の付いた豆柴ってとこかな。ワンワン吠えて威嚇したところでさ、それを見た憲斗はむしろ大喜びで凄いケダモノに豹変して、牙むき出しで襲って来るんだろうね。それで、あっという間に組み敷かれて、好き放題されて、おもちゃにされて、最後は食べられちゃうの。

 でも、それ、良いじゃん。
 少なくとも今の僕はそれを望んでる。
 こんなこと思うの初めてだけど、相手が憲斗なら、メチャメチャにされたい。
 肉弾戦でぶつかり合って、一方的に屈服させられたいの。
 相手が憲斗なら
 マジでそれを望んでる。

 なのにさ…
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