第68話 ユウキのくせに偉そうに性について語る

文字数 2,677文字

 その後も琴音先輩との話は弾んだ。話のネタに困ったらどうしようと思ってたけど、話は尽きなかった。

 会話の中で突然、琴音先輩はこんな話を切り出した。

「アンタなら知ってると思うけど…、『ヒトはオンナに生まれるのではなく、オンナになるのだ』って、誰だったかの文句あんじゃん。要は、オンナはオトコ社会とやらが生み出すイメージによって後天的に作られるんだっつう…」

 僕は頷いた。その言葉、知ってる。ずっと気になっていた言葉だ。
 僕はちょっと身を乗り出して耳を傾けた。
 
「じゃあ、アタシみたいにほとんどオトコなんかに興味無くて、四六時中オンナの気を惹くことばっか考えてる女や、アンタみたいに、別にオトコの気を惹きたい訳でも、オンナになりたい訳でもなくて、むしろオトコになりたかったのに、チョーいいオンナに…、それもオンナがなりたくてもなれないくらい特上のオンナになってくような輩はどう説明すんのかね…。
 アタシら、世間サマとは無関係に、アタシは好きで勝手にオンナやって、アンタは容姿がソレだから手っ取り早くオンナやってんだよね。社会だとかオトコごときにオンナが作られてくなんて…、ホント、バカ言ってんじゃねえよって思うんだけど…」

 琴音先輩はフッと吐き捨てるように言い、慣れた手つきで再びライターをカチッと鳴らせた。
 火はゆっくりと赤い輝きを増し、上唇が少しめくり上がった口元からフーッと白い煙となって吐き出された。僕はそれがフワフワッと宙を舞うのをボンヤリと見つめながら、僕なりに思うことを言ってみた。ユウキのくせにね…

「言った人は頭がいい人なんでしょうね。的を射てるし、あらためて納得させられる部分はあります。オトコが"通常の性"で、オンナは"逸脱した性"っていうのも挑発的で説得力ありますし。
 確かに、イメージによって"性"が作られていく部分は大きいと思うんです。私たちって、子どもの頃からずうっと、社会の中ですっかり出来上がった共通した"性"のイメージを、無意識に植え付けられていきますよね。気づいたときには、もうそれを払拭するなんて無理!ってくらい、自分の中にその"イメージ"を強く刻み込んじゃってます。本当はそれはただの"イメージ"に過ぎないんですけど、社会ルールとして定着した"記号"みたいに、みんなの間に絶対的に共有されているものだから、それを逸脱しようものなら、周りから排除されてしまう…。排除までいかなくても、笑われたり、少なくとも罪悪感や後ろめたさに苦しめられることになりますよね。その正体は、自分たちが勝手に作り上げたただの "イメージ" によるものなんですけど…。
 わたしはそのイメージとのズレにずっと悩まされてきた一人なんで、逸脱する恐怖も人一倍強かったと思います。きっと琴音先輩もでしょうけど…」

「まあな…」

「イメージって結局は頭の中だけで作り上げられるものですよね。本当は"性"って肉体が主人公…、いや、肉体そのものなんで、性について頭で考えれば考えるほど、出来上がるイメージは実際から遠退いたものになっちゃいます。性って肉体そのものだから、もっともっと個人的な問題のはずで、だからこそ個人差いっぱいなのが当然なんですけど…。
 でも、かたや作られた"イメージ"の側はほとんど個人差無くて、しかも圧倒的に強く社会に根付いちゃってるから、どうしてもイメージの方が説得力を持ってしまう。記号化されたイメージって、とっても分かりやすいですからね。分かりやすさって逆に "柔軟じゃない" ってことでもあるじゃないですか…。だから、わたしみたいな "逸脱し過ぎた性" に対しては、服装すら、選択する余裕も与えないほど、圧倒的な強制力を持って襲いかかってくるんですよ。これはずっと恐怖でした…」

「"逸脱し過ぎた性"ね…。ま、ウチもそうだけどな…」

 そう言って煙をフウッ…と一吹きした。

「それでも、わたしは今は…、少なくとも今は、できる限り、自分の肉体の方に忠実にいたいなって思ってるんです。頭の中の "イメージ" じゃなくて、カラダの声の方に耳を傾けたいって…」

「カラダの声?」

「ええ。声が聞こえるんです。欲してる声が。
 例えばわたしは、仮にこの世にオトコがいなくなっても、この格好貫いてやろうって思うんです。カラダがそれを大声上げて求めてるのが分かるんです。確かに、男性がいてくれなきゃ、毎日の服装考える時にテンション下がるとは思いますけど…。
 でもわたし、女性の格好、大好きなんですよ。琴音先輩がおっしゃったように手っ取り早くオンナをやってる訳でもないんです。今は琴音先輩と同様、好きでやっています。憧れたこと、一度もなかったんですけど、いざやってみると、身に付けるモノがカラダの一部になっていくのが分かるんです。溶け込んでいくみたいな…。オトコの格好していたときには、そんなこと全然感じたことなかったのに…。」

「ま、オンナって、オトコが想像する以上にカラダ中心に生きてるもんな。ウチもオトコなんか消えても、好きで化粧して、好きで尻アピールして、好きで紐パン履いてるよ、きっと…。少しでも自分の体が映える格好してる。肉体に忠実な分、オトコより地に足は着いてるのかもな…」

「ええ。そうだと思います。私は地に足着いていたいんで、肉体の声の方に耳を傾けていようと思うんです。
 わたしは行ったり来たりしてるんで、どっちでもなく、どっちでもあったりして、絶えず両方の好きな部分と嫌いな部分に触れています。その中で、実は大半は重なりあってるんだなって実感することも多いんです。逆にブレ方にも個人差があって、意外とクロスしたりと、錯綜していることに気づきました。性差って、思ってた以上にカオスなんだって、この姿になって気づいたんです。
 確かにハッキリとした…、とっても高い垣根もありますよね…。でも、意外とその垣根って抜け穴も有ったりして、その気になれば自由に行き来できたりするんです。だから可能な限り、肉体の声に耳を傾けて、そこを行き来し続けていきたいなって思うんです。
 もちろん、どうにもならない部分…、行き来しようにもできない部分はありますね。しかも苦しみの根っこはそこだったりする。それも単純に肉体だけの問題じゃない…。
 その人が言ってることも、そこなのかもしれませんね。
 でも…、それはそれです。行き来しても、逃げていることにはならないと思いますし…」

 意外と勇ましいんだな…、ユウキのくせにさ…
 琴音先輩、ポツッと呟くように言って、僕を見つめた。

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