第39話 壁ドン

文字数 1,292文字

 今日、卒業生の先輩たちがたくさんケーキを差し入れてくれた。たまたま大学の近くに来たから寄ったんだって。ここのケーキ、美味しいので評判なんだ。
 幾つか余ったので女子部員全員とジャンケンで命懸けの争奪戦が繰り広げられた。このジャンケン、大盛り上がりでチョー楽しかった。見てた男の子たちもみんな大爆笑。しかもユウキちゃんはお目当てのチョコバナナクレープを、も一個ゲットできて最っ高の気分だった。
 やっぱ、ここ一番は左手チョキだよね、って、あらためて認識。

 ユウキ様はご機嫌で、残ったケーキ全部を共同の炊事室にある冷蔵庫に保管しに行ったのであります。一人でね。
 でも、これがまずかったんだ…
 炊事室は部室から離れていて、建物の影になった人目につきにくい場所にある。確かに危ないよね…


 部活終わったらまた後で食べるんだ。自分のにはちゃんと、"これ、ユウキ様の!"って札も立てといたし。冷蔵庫に入れ終えると、炊事室から意気揚々と引き上げようとした。すると…

 廊下に踏み出した瞬間、いきなり目の前にサカキ先輩が現れた。
 思わず、ワッ!て声をあげて立ち止まった。
 何でこんなとこにいるの…?
 嫌な予感がして、取り敢えずお辞儀だけして、逃げるように横を通り過ぎようとした。
 そしたらね、いきなり、“壁ドン”、されたの…

 太い腕で、壁にガッツリ挟み込まれた
 薄暗く狭い廊下
 誰もいない
 怖くて声も出ない
 
 息かかるのヤだから必死で顔背けた

 そしたら今度は耳元で…
 ねえ、俺にも、"ぼく"って言ってみてよ…
 って囁きかけられたんだ

 背筋がゾオッと凍りついた
 全身に震えが起きた
 震えが…
 止まらない

 無心で…、とにかく必死になって、ぼ…く…、とだけ吐き捨てるように言うと、全力で逃げようとした
 そしたら…
 また、壁ドン、されたの…

 逃がさないよ…だって
 それから…

 可愛いじゃん、ちゃんと顔見て言ってよ…
 今度はアゴを掴まれて、無理やり顔を正面に向かされた

 目の前にサカキの顔
 なに?この眼…
 変な鼻息まで聞こえる
 震えが…
 激しくなる

 腕を振り切って逃げようとした
 そしたら壁ドンされて阻まれた
 腕を振りほどいた
 また壁ドンされた
 もう一度腕を振りほどいたら、また…

 楽しんでる…、こいつ…
 笑ってる…
 何すんの!ヤだよ!
 今度は押し付けてくる… 
 嫌な…、めっちゃ嫌なものを…

 まだ話し終わってないよ…
 最後まで聞いてよ…
 逃げなくていいじゃん…

 ヤだよ…
 やめてよ…

 泣き声で、カスレ声しか出ない
 でも、その時…

「おい、何やってんだ!やめろよ!」

って声が響いた。
 
 兵藤先輩だった
 僕は夢中で兵藤先輩の後ろに隠れた
 言葉も出ないほどの恐怖
 心臓がバクバク鳴ってるのが聞こえる…


 後で知ったんだけど、兵藤先輩、僕の後を追うように部室から出ていくサカキ先輩の様子を不自然に感じて見に来てくれたらしいんだ…

 今、僕の目の前で起きていること…
 それは、プリンセスを守る筈の王子にちょっかいかけられて恐怖に怯えるプリンセスを、悪の権化のラスボスが救い出そうとしている…っていう笑えない話
 ほんと…
 笑えない…
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