第73話 僕なんかで

文字数 1,034文字

 なのにさ、ケモノになり切れない僕は、よりによってこんなことを思い出していたんだ。

 ヒロム君…
 あの日、学校からの帰り道、泣いて謝られたよね。迷惑かけてごめんなさい…って。もう諦めるし近寄らないから心配しないで…って。周囲に誰もいないのを、僕に気づかってくれながら。
 言葉を返す余裕すら与えずに立ち去ってしまった。そのあと二度と会話を交わすこともなかったよね。いろいろ話したいこと、伝えたいことあったのに…
 ヒロム君のこと、僕も大好きだったんだ。その “好き” の意味は今でもよく分からないけど、大好きだっことは確か。
 よく一緒に遊びに行ったし、お互いに悩み事を打ち明けたりする仲だった。スポーツ万能で、優しくて、女の子にも人気あったんで、まさかそんな子が、僕に思いを寄せてるなんて想像もできなかったんだ。その話を聞いたときはビックリしたよ。でも、考えてみると、いつも僕を優先してくれてたよね。嫌なこと言われたり、された記憶も全然無い。ヒロム君、最高だったな…
 よく “両想い” って話題に上る女の子がいてね、ヒロム君、てっきりその子が好きなんだと思ってた。とってもお似合いのカップルに思えて羨ましかった。
 女の子がヒロム君に夢中なのは傍目にもよく分かった。でも、彼があまりにも煮え切らない態度をとり続けるんで、思い余ってある日、女の子の方から話を切り出したらしいんだ。
 そしたらね、正直に自分の好きな相手を伝えたらしい…
 ヒロム君らしく、とても真面目に
 ある意味、誰よりも彼女のことを思いやって…

 でも、彼女の逆鱗に触れた。確かに、彼女の気持ちも分かる気はする。だってその相手って…

 瞬く間に学校中に知れ渡った。彼女がそれを広めたんだ。あること無いこといっぱい付け足して。僕にまで聞こえよがしに、キモッ…なんて言ってね。
 僕はそれに対して何も言わなかった。
 何も言えなかったんだ…

 ああ、だからこそ…、今度こそ、自分に素直でいたい。
 僕は、憲斗のことが好き!
 大好き!
 この思いにも、憲斗の思いにも誠実に応えていきたい。

 僕が、キモッ!って言われるのは全然平気だよ。だったらどうなんだよ!お前が目の前から消えろよ!って今度こそ本気で言ってやる。それに、憲斗のことを、キモッ!なんて誰にも言わせないから!羨ましいだけだろ、このゲス野郎が!

 ただ、憲斗…

 憲斗みたいな素敵な人が、ホントに僕なんかでいいの?
 憲斗には、“ホンモノ”の女の子の方が相応しいんじゃないのかな…
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