第71話 ただ無性に欲しくて…

文字数 1,468文字

 部活の帰り道、久しぶりに憲斗と二人っきりになった。そしたら、

「せっかくやから、あの店行ってみよ」

って誘ってくれた。

「うん、行きたい!」

 僕も二つ返事で答えた。

 あの店…
 僕らが初めて三人で集まったのがあのお店だった。雰囲気も料理も最高で、意気投合するきっかけになった。閉店時間になっても、追い出されるまでずっと喋り続けていた。三人の原点とも言える、とても大切な場所なんだ。
 だから三人で行くことが多い。二人のときは稀で、特に憲斗と二人で行くのは初めてかもしれない。美優も誘ってあげたかったけど、今日は選択授業のグループプロジェクトの集まりがあるらしく、大慌てで帰っちゃった。その授業、厳しいので有名なんだ。
 今日は誘っても無理だろうな…
 でも後で来れるようなら来て欲しいから、メール打っとこ…



 まだ時間が早かったので、お店は空いていた。

「カウンターに座らへん?」

「いいね。でも、珍しいね」

 そう。いつもはテーブル席。三人のときはもちろん、二人のときもテーブルでワイワイやる。でも、今日はカウンター席に二人並んで座った。
 初めて来るお店のような気がして、二人して周囲を見回した。

「なんか、新鮮だね」

「そうやな。たまにはカウンターもエエよな」

「うん、良い感じ…」

 料理はいつも通り美味しかった。お気に入りのメニューを満喫できたお陰で話も尽きなかった。

  あれこれお話に夢中になってる間に、いつの間にか店内は混んできた。カウンターも段々いっぱいになって、憲斗の向こう側の席にカップルが座ってきた。ちょっと狭そうだったんで、憲斗、カップルの為に僕の側に席を寄せて来たんだ。
 だから、僕も憲斗の方に身を寄せた…

 えっ…

 僕が座っていたのは一番右端。スペースには十分余裕はあったから、憲斗の為に右へ寄ってあげればいいのに、なぜか左へ、つまり…、わざわざ憲斗の方へ寄っていったんだ。すると、

 えっ…

 憲斗もさらに身体をひっつけてきた。まるでそれを待っていたかのように…

 お互い押し合うようにして、身体を密着させた。薄手のスカートの向こうから憲斗の熱のかたまりが、腿全体に押し寄せてきた。背中に振動が走り、目の前が大きく揺れた…
 さっきまであんなに喋っていたのに、いきなり会話が途絶えた。二人、微動だにせず固まっていた。
 そんなとき、新しいドリンクが運ばれてきた。憲斗がちっちゃな声で、

「ユウキのそれ、一口飲んでエエかな?」

って訊いてきたんで、どうぞ…って差し出した。ちょっと声が震えていたかも…

 憲斗がグラスを手に、一口飲む。

「うん、美味いな…」

「美味しいでしょ…、これ、大好きなんだ…」

 そう言って僕も飲む。ひょっとして、憲斗が口をつけたところからだったかもしれない。

 グラスを置くや、争うように指を絡め合った。
 固く握られたその手は、僕の膝の上に置かれた。燃えるような熱さを感じる。
 僕は絶対に逃がさないようにその手を握りしめ、そして太ももにキツく押さえつけた。
 逃がさない…

 お腹の奥の奥に、ズンズンくる…
 分かってる…
 分かってるよ…
 僕だって…
 僕にだって、欲しいって思うことはある。
 ただ、それにしてもどうしちゃったんだろ
 欲しいんだ、メッチャメッチャ

 会話はもう、ほとんどなかった。
 あってもね…

「夏休み、どっか旅行行く予定あるん?」

「うん…」

「どこ行くん?」

「旅行…」

「いつ行くん?」

「夏休み…」

みたいな、ふと我に返ると、お互い吹き出してしまうようなアホらしい会話。
 すべてがもう、上の空…
 とにかく

 欲しい…
 ただ無性に欲しいの…

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