第１話　美優

「やっぱ、美優が言ってた通りだったよ。こないだ僕…、あの人から告(こく)られた…」

「でしょ！分かるもん、あいつ見てたらユウキに気があるの。ユウキ、やっぱモテるなあ…」

　そう言って美優は笑う。
　ショートカットで細いチノパンに黒いジャケット、そんなボーイッシュなスタイルが、美優にはとてもよく似合う。
　笑い方も豪快でサバサバした雰囲気が魅力的だ。
　歩き方も颯爽としていてカッコいい。
　どう見ても僕よりずっと男っぽい。

　とは言っても、女性らしい綺麗な目鼻立ち。
　耳に下がる大きなリングは彼女の女らしい輪郭を惹きたてる。
　やっぱとっても素敵な "女の子" であり、"女性" だと思う。
　僕もイヤリングをしているけど、美優の方がずっと似合っている。

「あいつ、結構イケメンだし、悪い奴じゃなさそうだから、付き合っちゃえば？」

「やめてよ…
　僕、こう見えて、恋愛対象は男じゃないんだから…」

「ユウキがそんなこと言っても、誰も信じないだろうね。」

「まあね、こんなだから仕方ないよね…」

　僕はそう言って笑ったけど、美優はなぜか笑わずに黙っていた。それから急に僕の方を振り向いてこう言ったんだ。

「いいなあ、そのスカート、そんなふうに着こなせる子、おんなの子にだってそうはいないよ。よく似合ってる！」

「ありがとう！」

　素直にお礼を言った。
　美優は無駄なお世辞は言わないし、変な思い込みもない。
　良いものは良い、ダメなものはダメ、と偏見無くハッキリ言う。
　僕が安心して思いを晒すことのできる数少ない相手だ。


　高校の時、制服がズボンで、髪の毛は今よりずっと短かったから、僕も辛うじて男に見られていた。もっともっと男っぽく見られたくて、少しでも男っぽくしようと躍起になっていた。でも仕草も含めて全体的に女っぽい雰囲気らしい。
　外見だけじゃない。声も男にしては妙に高い。意識していないけど、話し方や身のこなしもそうらしい。だから男になろうとすればするほど逆に違和感が強まるようで、かえって、キモいとか、カマ野郎なんて陰口叩かれた。
　僕はずっとそんな自分の姿に悩んでいた。それなりにファンはいて、綺麗って言ってくれる人もいたけれど、自分の容姿を好きになれたことは無い。むしろ自分の姿にずっと怯えていたように思う。

　それが変わったのは大学に入って上京して間もなくだった。
　あることに気付いたんだ。
　大学には制服なんてものは無い。だから男の格好を強いられることもない。僕の場合、髪の毛を長くして、ちょっと口紅塗って、ほんの少しお化粧して、女の子が普通に着るような服さえ着ていれば、いや…、実を言うと何もしなくても、みんな女と思ってくれる。だったら今のままの方がずっと楽だ、ってことに。

　ユウキっていうどっちつかずの名前も親に感謝だ。これが "ユウジロー" だとグッとハードルが高くなる。

　おまけに、女の子の格好をしていれば男子はみんな優しくしてくれるし、女子は普通に接してくれる。
　男の格好をすれば変な目で見られていたのに、女の子の格好をすればみんなチヤホヤしてくれる。
　世の中って不思議なものだ…
　でも、それだったら女の子の格好をしている方がいい。
　うん、ずっと良い…

　僕の場合、無駄に ”女の子” を強調する必要もなかった。女の子が普段するような自然な格好で、僕なりに自然に振る舞ってさえいれば、すべてがうまく回っていったから。知らない人は、誰も僕を男とは思わない。
　やっと今の自分が一番…、って思えるようになった。道のりは長かったけれど、漸く自分に自信がもてるようになった。

　そのことを誰よりも分かってくれるのが美優だった。