第26話 憲斗、最高

文字数 1,117文字

 久しぶりに長々と話して電話を切った後、なんだかちょっと寂しくなった。
 お母さん、ちゃんと分かってくれてたんだ、と思って…

 大学入学後、今の自分の姿を知られたくなくて、意識的に避けていた。
 お母さんにだけはこの姿、知られたくなかったから。
 こんなの見たら、絶対に心配して心痛めると思ったから…

 僕はふと、今年の初めにあったある出来事を思い出した。お母さんには話さなかったけど、実は憲斗とこんなことがあったんだ…


 年末年始に久しぶりに帰省したとき、無理して男っぽい服装に“変装”した。髪も短く切った。でも、久しぶりの“男装”は、僕に想像以上の苦痛と違和感を覚えさせた。
 正直、吐き気がするくらい…

 東京に戻って最初にしたこと、それは女性の姿に“戻す”ことだった。必死になって、ムキになって、元に“戻した”んだ。僕にしては珍しく、超ヒステリックになって…
 家に一人で居たくなかった。いや、居られなかった…
 夜遅かったんだけど、厚化粧して、ミニスカートはいて、普段つけないようなアクセサリー身に付けて、一人、町を彷徨った。

 ちょっとあの晩の僕は狂ってた。
 何だろ…
 水商売の女のような格好して
 無駄に“女”をアピールした。
 男に声もかけられた。
 もちろん、ただ虚しいだけ。

 男たちの視線感じながら、普段行きもしないバーの隅っこで、無駄に携帯いじり回してた。そんなとき、急に憲斗の声が聞きたくなったんだ。
 こんなことに付き合わせるのは申し訳ないって分かっていながら、憲斗に電話した。夜遅いのに、憲斗優しいから、僕の異変を感じたみたいで、とりあえず直ぐに来い、って言ってくれた。

 扉が開いて、僕の姿を一目見るや、憲斗は明らかに驚いた表情を浮かべた。
 でも、だいたい事情を察したみたいで、「おう、どないした?入れよ…」とだけ言ってくれた。

 あの後ずっと、憲斗の隣にへばり付いてたな…
 憲斗のそば、離れたくなかった…
 憲斗、やんなきゃいけないことあったみたいで、一生懸命パソコンいじってたけど、嫌がる素振りも見せずに、ときどき肩抱いたり、髪撫でたりしてくれた。それも、僕が口数少なくなった時に、さり気なく…
 ミニスカート気にしてくれて、ちゃんと隠れるように膝に毛布掛けてくれたり、寒いから上着着せたりしてくれた。これだって、コーヒー持ってきてくれるついでに、さり気なく…
 なんでこんなに優しいんだろって思った。

 特に何も聞かれなかったけど、僕のことをそのまま受け入れてくれているのがよく分かった。
 こういう人が一人いてくれるだけで十分だって感じた。
 その日一日のモヤモヤがすべて綺麗に吹き飛んだ。
 やっぱ、憲斗最高だわ…。絶対敵わないなって思った。


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