第9話 お願い…

文字数 1,084文字

 立ち去る二人
 それを見送る僕
 
 遂に僕一人が残された。広いステージの上で、今やスポットライトを浴びているのはこの僕一人。とても静かだ。

 光の輪とともに、観客の方へ音もなく歩み出る。歩みに合わせ、派手な衣装が照明の反射を受けてまばゆく輝く。
 ゆっくりと、一言一言を噛み締めるように、観客に向かって語りかける。
 よかった…、スムーズにセリフが出てくる。
 やっと、楽しいって思える。
 薄暗がりの中、僕を熱心に見つめる女の子の息づかいまで感じられる。


 劇の核心部分はどうにか終わった。


 ここからは勧誘におもねるナンノコッチャの物語。
 でも僕に本当に託された場面はここからなんだ。

「必ず…、必ずもう一度、この王国を、元の素晴らしい姿に変えてみせる。そして、そのときは…」

 こぶしを握り締め、少し前屈みになりながら、力強く叫ぶようにこう言う。

「わたしがプリンセスになる!」

 おおおぅ!っていうどよめきとともに…、なんでやねん、って感じの笑い

「だから…、わたしがプリンセスになるのを助けてくれる人がいたら…
 どうか…、お願い…
 ……
 わたしの力になって…」

 訴えるような眼差しで観客を見回す。

「でも、もしこの中に、自分がプリンセスになる…、なんて人がいたら!」

 両足をバーンと開き
 左手を腰に
 右手伸ばして
 人差し指を観客に突きつけながら
 こう言うの!

「わたし…、喜んで受けて立つわ!」

 おおおっ!、ていう一層大きな歓声。
 拍手。
 ヤンヤヤンヤ…
(このセリフ、僕が考えたんじゃないよ。シオン先輩が言わせたかっただけなんだ…)

 とりあえずヤンヤヤンヤ……
 でも照れてる余裕なんて無い
 とにかく真剣な表情だけは崩さずに
 最後までやり切んなきゃね

 みんなの顔を見つめながら静かに語りかける。

「国中の人々をまた幸せにしたい…。みんなが笑って、安心して暮らせる、そんな国にもう一度甦らせる。その為に…、いえ、その為だけに、わたしはプリンセスになる…、そうみんなに約束する…」

 目の前に座る女子高生たちの、とても熱い眼差しを感じる。
  
 で、ホントにホントに最後のセリフ。
 今度は、胸の前で両手のひらを握り締め、遠くを見つめる目線で、囁くように言う。

「だから…、お願い…」

 何をお願いなのかよく分かんないけど…、ここで幕が降りる。

 拍手。
 喝采。
 可愛いぃ、なんて声も。

 僕は遠くを見つめたまま、その場に立ちつくす。

 幕は閉じる。
 ふうっ…
 胸をなで下ろす。
 島田先輩ほどやれたかどうかは分かんないけど、一応僕の役割は果たせたかな…

 みんなが駆け寄って来るのを見て、やっと笑顔を取り戻せた。




 

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