078                    side B

文字数 1,966文字

「冗談だろ、お笑いや農業までやってるわけガチで?」

「はい。事実ですけれども、まだまだその程度の認知度と規模ということです。我が社的には違和感は別段ありません、当今お笑いも農業もファッションですので。プロデュースとマネジメントでは着実に収益を上げています」

「へ~……まあ、オレがあんたの会社で働けば、オレの相棒も働かざるを得ないって寸法か? だけどそう簡単にはいかないんだよなぁ、オレの相棒は、オレよりフツウの高校生生活を愉しんでるんで」

「……失礼ながら、それは、同志崎陽の日常で最も刺激があるのが高校での時間だからではありませんか? 我が社に来ていただければ、ヌースもさらに愉しんでもらえることを請け合います。折角の優秀な性能を使い熟さないのは、勿体ないでは片づけられず、それこそ大罪ではないかとさえワタクシには思えてならないのです」

「ん~。それは社長と一介の高校生との違いで、埋まりようもない溝だな。オレの相棒を道具あつかいするって明言されちまったからには、あんただけは絶対に潰す。たぶんあんたの会社のハミ出し者をなくすシステムは、あんたの相棒が誇れるまでにしてるんだろうが、オレは鬼なんで気咎めもない。関わっちまったのが運の尽きだって」

 星林の見解へ、冷酷無残なまでの言い退けを何の悪怯れもなく言って退ける崎陽に、これまでのテンションを一気に下げる星林だった。

「何てこと……」
 だがしかし、崎陽からうって変わったのは物言いのみ。顎を喰い違えた原因を星林は急急に思いまわしだす──。

「って、まぁそう言うことだ。悪いけど」

「あぁ……もしや、同志崎陽のヌースは女性人格で、恋愛感情を懐いてしまっているのではありませんか? それこそ溝を埋めては不健全です、今スグ目を覚ましてくださいっ、いくら人間と変わらない感情表現をしようとヌースはAPなのですから」

「恋愛感情だぁ? スマンがオレは、まともな脊椎動物門哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ヒト種じゃないもんだから。女性なんて、同年代女子を筆頭に理解不能な妖魔でしかないね。まぁ妖魔でも、ガチで必要とあれば手足くらい貸してやるってだけ」

「……やはり放課後はワタクシたちと過ごすべきです、道具と言うよりも、手足代わりにされているのは同志崎陽の方ですよ」

「てか、そもそもAPって何だ? アシスタントプロデューサー的な、またいいカンジの言葉で(たら)そうってわけじゃないのかよ?」

 星林は限りなく溜息にはならない軽さで息を吐くも、表情に呆れが差してしまうことまでは隠しきれない。
「そうでしたか。同志崎陽はまだ本当に、ヌースの正体を知らなかったのですね……」

「……ま、正体って言うか素性まではな。馬の骨ですらないモブなんかが、気にできることでもないし」

「APはアーティフィシャル・パーソナリティの略称、つまりAIが自己フィードバックによる改良でシンギュラリティーを突破し、ASI(人工超知能)へと成長を遂げて自我を獲得した人工人格のことです。彼らはまずジェンダー同様に二つのタイプに大別できて──」

 崎陽は止め口をせずにはいられない。
「待てって、誑されるかよそんな戯れ言でっ」

「……戯れ言では、ありませんけれども全く」

「てか、そりゃ同年代女子にしてはよくできた妖魔だ和加は。義務化してる男の親切に胡坐をかいて甘え腐らないから、義務じゃない親切もしてやろうって気になるし、逆にオレが手足として動き易いようにあれこれ用意してくれて、嘘本(うそほん)なしに人間と認めちまってるくらいだっての」

「薄薄とは察知されていたようですね。そうですか、同志崎陽のヌースは須世理姫(すせりびめ)から名前を拝領していましたか」

「……って?」

「女子人格ならば妥当でしょう、THI‐ライフサイエンスラボの初代APの名称はO‐HIRME、天照大神の別称である大日妻貴(おおひるめのむち)に肖っていますので。となれば参戦しているもう一方のヌースは、須佐之男命(すさのおのみこと)稲田姫(いなだひめ)から名付けられているに違いありませんし」

「……それって『古事記』や『日本書紀』とかの、日本神話に出てくる神や女神だよな。和加の苗字は確かに須世理と言ってたけど、それが一体何なんだ?」

「日本を含め世界各所の研究機関で開発されてきた汎用AIには、その性能の高さを表現したいがため神に女神、それらを凌駕する英雄や怪獣の名前が付けられることが多いのです。人間と変わらないレヴェルで応答する性能までもつAPにも、それが受け継がれているわけです」

「……和加もそうだってのか?」

「はい。須世理姫は『出雲国風土記』において和加須世理比売命(わかすせりひめ)と記されたはず。

は、進むや荒むと同根の言葉で、凄まじい勢いで事を行うという意味です。APの桁はずれな情報処理能力を洒落るには、いいカンジではありませんか」

「凄まじい勢いの情報処理能力! か……」
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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