089 ハートボイルド=心を鬼にする…… side A

文字数 2,126文字

 崎陽はニヤケたまんま、けれども簡明直截(かんめいちょくせつ)に思うところを告げる。

「鴫沢さんこそ、温和しくしててくれたら店ごと助けるけど、オレに敵対するなら容赦はできませんから。頭はこの店のことばっかで、オレが何者なのかすら気がまわらないんでしょ? そのままヘタに関わらない方がいいですってガチに」

「……な、だって……」

「はいはい。その社長に誑されたあんたにゃ、同志呼ばわりもそれなりに含意をカンジるんだろうけど、オレは今日誑しに来られたばっかの顔見知りってだけ。表にいた奴と二人で、あの椎座に勝っちまったってことでさ」

「あ……」

「申しわけないけど、見るからに料理が得意ワザってカンジのあんたも、オレにとっては一蹴だな、必殺のウィンドミルキックでも披露しましょっか?」

 困惑した顔で唖然となる宮嗣に代わって、星林が口を開く。

「一体どう言うことですか? ワタクシとここで交渉だなどと」

「あぁチョイ待ち。まずは、持って来たあんたの眼鏡だ」

 崎陽は、自分でも向かいの厨房から拝借した包丁を握っていることもあって、宮嗣を気にもせずに星林へと室内を踏み入って行く。

 星林にグラスヴュアーを掛けてやりながら、手首に巻かれたガムテープも切りほどくと、崎陽は当然のように元の立ち位置へ立ち戻った。

「……これでいいのですか?」

 解放された手でグラスヴュアーをしっかり掛けなおすと、星林は崎陽へ真向かって言う。

「ああ。じゃぁ単刀直入に、オレに負けを認めてその眼鏡のSIMを渡してくれね? さもないと、あんたを、この包丁直入で殺す」

「何てことを。冗談など言っている場合ですかっ」

「大ガチだって。この状況だと、罪をその鴫沢さんに全部なすりつければ済む話なんでね。見たところ、ここは防犯カメラの映像は見られるけど、この部屋自体にカメラはないし、外の全員が信じてオレにあんたの救出を託したんだしさ」

「…………」

「てか。あんたに言われたのは図星も図星で、オレはオレの相棒をこの世の誰より、人間の女子なんかより遥かに愛しちまってるんだ。誰にも絶対渡さない、負けてくれないとなりゃバトる以外ないし、となりゃ刺し殺そうが同じことじゃね? あんたの細っちい首なんかも、オレには一蹴りでポッキンなんだからさ」

 崎陽は包丁を置く代わりに、化粧合板製のドアへガスッと突き立てる。

 そして、右の壁際に立て置かれているトルソ型マネキンへ歩み寄り、その女子店員のユニフォームが着せられた肩口へ、右脚を風車のように大きくふってジャンプしながら宙を低く一回転──。
 渾身の力と自重を込めた斜め上からの蹴り落とし、自称ウインドミルキックを炸裂させた!

 トルソ型マネキンは左肩口から割れ凹み、その胴体を支える鉄パイプ状の脚もひしゃげ曲がって、けたたましい音を(とど)めかせて跳ね転がる。

 それも、星林と宮嗣のちょうど間へ。

「……これが、ワタクシの運命ですか、同志崎陽と闘った場合の」

 崎陽は、スピンを入れた片手逆立ちからの前方転回で、キレのある立ち上がりまでも披露。

「そう言うこった。自信はあるけど一撃でキメられるとは限らないんで、包丁で一刺しの方が楽に逝けるはずだ。思い返してみてくれ、オレは大勢の目がなけりゃ、正直あの椎座だってブチ殺せたんだよなぁ」

 崎陽はドアに突き立てた包丁を引き抜いて、刃先の輝きを星林へチラつかせもして見せる。

「……やはり、タダ者では、と言うよりも、まともな人ではありませんでしたね、崎陽敏房」

「だろ? 同志どころか人間かすらも危うい、日本で唯一の鬼なんだってオレは。でなけりゃ天の川銀河一の和加が選ぶわきゃねぇじゃんよ」

 崎陽はニッカと白目を多く見せて不気味に笑う。
 
 対して、星林は「…………」静かに、深く、絶望的な溜息を吐く。
 宮嗣は顔から完全に血の気を失い、身を一層硬くした。

「さぁ決めてくれ。あんたの前には希望と絶望が同じ数だけ転がってる、どっちをどれだけ拾えるかに、アホな鬼が関わっちまったのが運の尽きだな。いつものように、ビジネスの神からお告げを聞いて、今回も奇蹟的な交渉を成功させてみたらどうだい、なぁチョビな大物社長さんよ?」

「……神なんていません。奇蹟というのも、実は人間の気紛れで、いつもどおりの判断をしなかった時に起きてしまっているだけの、手違いでしかないのです」

「そ?」

「ええ。価値あることには、その価値に見合うだけの堅実な人間が携わっているので、滅多に気紛れなど起こしません。だから奇蹟も滅多に起こらない、ただそれだけのことなのです」

「てかさ、まともじゃない滅多なオレ相手に、あんたはいつもどおりの堅実な判断をしろってだけ。死んじまったらフツウに稼ぎ続けることもできなくなるんだ。あんたを失えば、会社自体が傾きだして、来年の今頃はプライム市場とやらへの上場どころか倒産かもなぁ」

「…………」

「さぁ早いトコ決めろや。そろそろセラフィムが、次の盛り上がりネタを欲してる頃なんで」

「セラフィムまで来ているのですかっ? ……では既に、鴫沢さんのお姉さんとカレシさんは、誘拐犯として拡散されてしまっていると言うことですか……」

 星林が哀切な目を向けたため、ヘナヘナとしゃがみ込む宮嗣だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み