075 カネ塗れのマリア…… side A

文字数 1,982文字

 崎陽の釘刺しはまるで意に介されず、星林佳歩はホクホク顔で自分の言い分を続ける。

「こうして直接目にすると、同志崎陽のアイウェアは紺色ではなく、紫系でした。久原アプライアンスかTHIに統属されるヌースと言うことになりますけれども、確かに、胸算用をしっかりと修正して、お話を始めた方がよさそうです」

 崎陽は慌ててミューツアルグラスをはずし、ブレザーの内ポケットへ突っ込む。

「どう言う意味だよ? お互いが電源入れてない時に奪ったって、勝ちにはならないのが大原則だろ……って言うか、汚いぞなんか、あんたのミューツアルグラスは何色だっ?」

 崎陽の反応には、歓情が抑えきれずに笑み曲ぐ星林だった。

「なんて引きが強いのでしょうかワタクシ? ミューツアルグラスならばTHIのヌース、今日はツいていたようです。紫でもヴァイオレットは、ライフサイエンス第6ラボのAP。もう願ったり叶ったりなので、俄然ヤル気になってきました」

「……んん?」

 鼻白む崎陽をよそに、星林は喜喜と続ける。

「それではお話を聞いていただきますけれども、よろしいですか?」

「……チッ。あぁ聞くけど、オレの質問にも答えてくれ。それに立ち話は目立つんで、歩きながらな。できればウチに着くまでに全部終わらせてもらいたいね」

 崎陽が歩きだすと、星林も、両手で提げ持つ紙袋三つの重量から軽くなったかのようにピョコピョコと崎陽に差し並ぶ。

「ええ。単純明快には努めますけれども、まずは、どのような条件ならば、ワタクシに負けてもらえるでしょうか?」

「はぁ? てか、そうくるとは思わんかった。悪いけど、それだけはないって。バトらない協定なら無条件で結ばせてもらうが、負けることだけは絶対ムリッ、だな」

「ですよね、当然」

「あんたみたいな、ちんまい女子をブッ潰すことに、見苦しく人生を懸けたくないしさ。それまでに、どんだけの社員を大ケガさせちまうか知れたもんじゃないし」

「……そうくるケースは想定内ですけれども、同志崎陽の人相的に、かなり意外ですね? 粗暴さや攻撃性だけでなく、負けず嫌いや勝気な性格も顔に表れ易いので」

「……どうせ、お人好しのアホヅラだよっ」

「心配なさらなくても、我が同志社員たちが暴挙に出ることはありません。何事も敵対的矛盾と断念せず、熟談の上で合意を目指すことが基本です。それでも我が社が増収を果たせば託言されてしまいますから、力尽くなど、もってのほかなのです」

「よくわからんけど、その同志って何なんだ? まぁオルターエゴゥ同士だからかも知れんけど、勝ちぬいた先の志までが同じってわけじゃないんだし。それに同学年だろ、敬語なんかやめてくれ。もうそれだけで下心プンプン、胡散クサくて堪らないっての」

「そうですか? けれども気にしないでください。ワタクシ、就いている役職的な立場もありまして、日常的にこのレヴェルの敬語づかいなので急には砕けられません」

「……まぁ、そうかもな」

「それに、誰もが自分の幸福実現を目指して、生き(めぐ)らう同志であると照了しています。同学年ならば尚のこと、同じ時代で相携(あいたずさ)えていかねばならない命運の徒ではありませんか、同志崎陽っ」

 やくやくと朗らかさを強めている星林に、対して、崎陽もどんどん気憎くなってくる。

「……カワユげな見ヅラに反して、だいぶこじらせちまってるみたいだな。よくわかったんで本題へ戻ってくれ、それとも交渉一発決裂でいいか?」

「いえ、続けさせてください。ワタクシにカワユげをカンジてくださるのであれば、まだ見込みは充分ありそうですので……それでは、我が社のコントラクターとして契約してもらえませんか?」

「……コント?」

「報酬はサラリーでも相応の純金やプラチナ、株券でも仮想通貨で渡すことも可能です。我が社のREVO(FX自動売買ツール)も信頼度がウナギ昇りですから、まだまだ株価の値上がりは期待できますよ」

「また、ややこしく出てきやがったなぁ……悪いがどんな形だろうと、あんたの下につく気はないんでね。幾ら大金を積まれてもムリ、ウチの親は鬼なんで、どうせオレのカネにはならないからな。コントやトラクターなら、興味がないこともなかったけどさ」

「コントラクターは、契約業者をいいカンジに言表したまでですけれども、実弾がムリでしたなら、御希望の品物や行為で提供することも法律に抵触しない範囲で可能です。勿論、同志崎陽を下につけようなどとは思っていませんし」

「それはどうだか? 女子だしなぁ、やっぱ……」

「では我が社との関係も、対等な協力者を意味するコラボレーターと言う呼称ではいかがでしょうか?」

「……だから、そんな呼び方はどうでもいいっての。オレじゃなく、オレの相棒をあんたの会社で働かせたいってことなんだろ?」

 意表を突かれたように円くした目を、徐に細めつつ崎陽へ向ける星林だった。
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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