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文字数 1,912文字

 それでも和加が、敢えてアジャストまでのズレを小数点以下第二位まで指示するのは、大胆や豪勇と言うよりは、破れかぶれな行動に出易い崎陽に、細心の注意をはらえと冷静さを仄めかす意図でのことと言えた。

 崎陽も無論、こまかい数値など気に留めてはおらず、照準インディケーターのダイヤ形の歪みを完整させる一念で身動ぎ、整うや否や第一射を放つ──。

「どんなカンジ? 撃ったラウンダルがスグ茂みに邪魔されて見えなくなるから、手応えどころか、何の感触もつかめてないんだけど」

「いいカンジ。怪物クンも歩調を変えながら移動しているから、頭上八〇センチ、右側二・四メートルという所を通過して、背後の植え込みを鳴らしただけね。それでも怪物クンの挙動に慎重さが増したから、効果は想像以上かも。ジャンジャン撃っちゃって~」

「結構ハズレてんなぁ。撃って届くまでの間にターゲットがどう動くかって予測の精度、もうチョット高められないのか?」

「そのためにも撃つ撃つ! これまで蓄積したデータでは測れないから怪物クンなのよっ。常人より鋭敏な分、反応が明確だし思惑の修正も早そう。素直に狙っていった方がいいわ、勝手にムダのない行動パターンを選択してくれて、予測もし易くなるはず。それを基に照準インディケーターの微調整は逐次かけていくから」

「了解っ」
 崎陽は、ただちに次弾の発射にとりかかる。

 照準インディケーターのダイヤ形の歪みが、横広になったり、細くなったりと、これまでとは違う変化を明瞭に見せてきたことで、椎座が不規則に、左右へフェイントを入れたジグザグの進行にきり替えたとカンジ取れる。

 そのゆらぎを抑え込むように対角を合わせて、きっちりダイヤ形に整えるのにはムリがあると寸秒であきらめた崎陽は、射出角度とスリングの引き加減による飛距離だけをどうにか合わせ、まだ平行四辺形止まりの瞬間にラウンダルを次次と発射。

「ストップ! 左右への移動をやめて直進を全速力で始めたわっ。ショートレンジ用に持ち替えて崎陽、突っ込んで来るわよ」

「って! そう言うことかよ、この表示の意味は──」

 崎陽はロングレンジ・スリングショットを蹴り捨て、地面に置き据えていたショートレンジ・スリングショットを掻い掴みながら跳ね立ち上がる。

「ウンウン。いいわ~、相変わらずの崎陽のその反応はっ」

「てか。ダイヤ形の歪みが横潰れになるのはいいけど、潰れきって横線だけになるのも、そこからダイヤ形の上下の角が高速で出たり消えたりするのも、目がチカチカするからやめてくれ。来るなら、今みたく言ってくれた方がいい」

「わかったけれど、突っ込んでは来ないみたい。止まったわ、またいきなり。それもしゃがみ込んでからは、観客たちが撮影している映像からだと、茂みや木が邪魔で姿が見えないの」

「……ヤバいってのか?」

「別に。おそらく向こうのヌースが指示を出し始めたんだわ。どうする崎陽? フィフのカメラが怪物クンを追いきれないと精度も落ちちゃう、チェッカーが見るための映像も盗み見ちゃっていい?」

「……さっさと見ちまえっ、バレなけりゃいいんだってもう」

「黙っていればズルとか言うクセにぃ。バレやしないわ、観客たちだってチェッカー同様に、フィールド内に設置されたカメラの映像を、自分のスマホとかで自由にきり替えて見ながら応援しているんだから。その一員になりすますのは簡単よ」

「好きにやれって、オレにイチイチ断わる必要なんかない。向こうの相棒は司令官っぽいんだから、きっとこうした場面での実戦的な知識でも敵いやしない。こっちはド素人なんだ、謝るのは勝ったあとで充分。やれることは何でもやって足掻くだけ足掻くのは、むしろ強敵への礼儀だって」

「……やっぱり、もう二〇メートルをきった位置まで接近しているわ。遮蔽になる物の陰から陰へ移動しているから、今は撃ってもムダよ。崎陽に、手前の茂みの隙間を通過させて、ラウンダルを届かせる腕があるのなら別だけれど」

「そこまでの特訓はしてないからってか? ナメんなよ、ショートレンジ用ならいろいろ手心を加えられらぁ。表示する照準を椎座がいる方向と距離だけにしてくれよ。その方が撃ち易いし、着弾のズレを教えてくれれば、力加減は感覚で調整するんで」

「これでいい?」

 D‐ヴァイザーの表示は、椎座の現在位置までの距離を表す見易い太さのある一本の矢印のみになる。また、その下に実数値も出ていた。

「OKだ。この矢印の長さが、オレと椎座の直線距離一八メートル五四センチか……まずは感触をつかむ一発だっ」

 崎陽は、矢印の傾きを垂直へと正し、椎座が隠れながら寄り来ている方向へ、ラウンダルを高高と放つ。
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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