062                  side B

文字数 2,193文字

 しかし、一発芸に数え入れられるレヴェルへと、今日こそ到達できそうな自信が満ち満ちてきていた木曜、その放課後もミューツアルグラスで和加とダベりつつ、いそいそと校門をぬけた所でピスタと鉢合わせることになる。

 しかもピスタは桜嶺の制服という()しからん格好で、崎陽と同じ学年を示す黄色縞のスクールタイまで締めていた。

「やあやあ貴様か、なんだか久しいカンジがする~。本当に終わるや否や飛んで帰るのだな、昨日はいるかと思ってクラスにまで行ったのだぞぉ」

「……逮捕されても、面会や裁判で情状酌量を求める証言には行かないからな。あばよへンタイッ」

 ここは和加の口小言(くちこごと)に従って、崎陽はピスタの横をすりぬけるべく歩きだす。

「待て~い、ボクはセラフィムに呼ばれて昨日から桜嶺へ顔を出しているのだ。この制服もローラたんにもらったお兄様のお古だし、ボクはゆくゆくS研の正会員となるのだから逮捕されることもないのだが、人目を惹くと面倒だから着用しているにすぎないっ。そして今日は貴様にも用があるだけだっ」

 和加は「無視よ無視っ、触らぬヘンタイに冤罪ナシなんだからぁ」とも異見立てするが、ピスタの言い分は理解に苦しむことばかりで、崎陽の足も自ずと止まってしまう。

「……どして、住んでる県から違う生徒のあんたがウチの研究会に入れるんだよ?」

「ほんにムダ跳ねしているだけのバッタだな。興味皆無の貴様だから話すが、絶対に他言無用の厳秘事項だぞっ」

「……はいはい。洩らす相手がいないってのオレは」

「桜嶺のサークルには、入会申込書を提出し、会幹部の審査を経たのちに会長名義の推薦を得た上で校長の承認を受ければ、どこの誰でも入会できると言うことだっ。S研も、別に桜嶺女子生徒限定のギャルサーではなかったのだぁ」

「へ~、そうなのか? まぁどうでもいいけど」

「今となっては部同様に、サークルの新会員も桜嶺の生徒ばかりのようだが、そもそも地域や他校との交流を促す目的で設けられたのだし、ガッコからのショボい年次予算を遥かに超えるサポートを、卒業生を始めとした社会人がするからこそ存続できているのだろうがっ」

「あっそ……」

「そうなのだっ。小ガネを撃ちまくっているようなサヴァゲ愛好会は、その典型もいいところだぞ」

「……って言うか、習忘野から来るには早すぎじゃね? サボりだしたらもう、一気に絵に描いたような転落人生へ没溺しちまいそうで、ヤバいんだけどあんた」

「はっは~、常識張るなバッタめが。あんなガッコ、オリンピックに出られないなら意味がないし、今のボクにはオリンピックに出る意味すらないのだからして」

「……なんか、ヘンタイって天下無敵に幸せっぽいよなぁ」

「貴様も、不完全を脱して完全になればいいだけのことだ。おっと、いつまでも貴様に感けているヒマはなかった。フィフがこの少し先、貴様と初めて対面した場所とやらでクルマを停めて待っている~、話があるそうだ。きりきりと直往しておけ、ではまたなっ」

「話って? 一体何のだよ──」
 疑惧から問わずにいられなかった崎陽だが、ピスタはチラともふり向かず、はだ軽びやかに校門を駆けぬけて行く。

「フィフに聞けぇ。待たせるんじゃないぞ~」

「……ったく厄病ヘンタイめが、オレだってヒマ潰しに忙しいのにぃ」

 ピスタが曲がり消えた校門からは、出て来る生徒の数が増えてきているために、いつまでもうち眺めてなどいられないし、崎陽もし続けたくはない。

 とり急ぎ、歩行者用信号が点滅し始めた校門正面の横断歩道まで引き返して、どうにかギリで渡りきる。
 そのまま崎陽は速めのジョギングにピッチを変えると、先を行く生徒がいない細い路地へ折れ入った。

「どうやら、フワフワしていられる休養期間もお終いね~。フィフってば、ワタシにアポも取りつけないなんて、そこまで業が嗷嗷(ごうごう)と煮え(たぎ)っちゃったのかしらぁ?」

 和加の(かす)(ごと)に、ふっつと崎陽の足どりが重くなる、

「ガチかよ……そりゃ徹夜で協力してもらっときながら、椎座をピスタに倒させた煮えこじけな決着には文句があるんだろうけどさぁ」

「でしょうね~」

「……これだから嫌なんだよ、何考えてるかわからない複雑系妄妖女子はっ。一応きちんと頭を下げたし、オレじゃ椎座を倒しきれそうになかったのもホントだし、フィフだって納得してくれたはずだろ? もう、見苦しく土下臥(どげふ)しまくっておけばよかったよなぁ」 

「そんな話がしたいわけではないでしょ、フィフだもの。倒すべき次のターゲットが決まったんじゃない? それも、バトるなら勝機は今と言うカンジだったり~」

「やっぱしかぁ……次の相手って、どんな日本一なんだろ? 左腕はもう痛くも痺れてもないけどさ、フワフワを極めきらない内に新しいことを始めるのは、何だろうが身心ともに、しっくりきやしないんだけどなっ」

「昨日までのフワフワの仕上がりは、ワタシがちゃんと手順の整理までしてあるから大丈夫。もう極まったも同然だし、いい加減ワタシはお腹一杯ぃ」 

「てか、全く食べちゃいないのに。ホントにそんな利いた風な口が叩けるほど、映像とオレの脳波から、触感だけじゃなく食感や味なんかまでわかっちまうのかよ?」

「まぁね~。ワタシはもう、感覚だって崎陽よりずぅっとスルドいんだもん」

「……ったく、笑えね~。ホントつまらん冗談の破壊力だけは、凄いことになっちまってるけどっ」
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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