001 和加という名の奇妙な美女子…… side A 

文字数 2,068文字

  一階の廊下を母親が慌しく通った気配で二度寝から目覚めた崎陽は、出がけの玄関でも何やら自分へ声をかけられたような気がしたために、仕方なくベットからもさもさ起き出して、もっさりと自室からも出て行く。

 そんなあり様でも、さすがに階段を降りきった隅に置かれていた中型の宅配便パッケージには崎陽の寝惚け(まなこ)も止まる──それは自分宛てで、送り主はエレクトロレックス北関東SSとなっていた。 

 XRブームから、後続ながら軽量でデザイン性も高いHMDを出していた企業名であることを思い起こす崎陽だが、何かを送られるような心当たりは全くない。

 リヴィングダイニングで開封してゴミの片づけ忘れでも出そうものなら、母親から鬼よりも邪険に激怒されてしまう。
 サイズの割にだいぶ軽いこともあって、崎陽はもさくさ自分の部屋へと引き返しつつ、母親が伝えたかったのはこの荷物だろうと臍落(ほぞお)ちさせる。

 二階の洗面所で顔を洗ってから早速開封してみれば、新開発品のモニターとして無作為に選ばれ、勝手に送付した謝辞までもが記された通知と、その下でさらに二つの箱がクッション材に埋もれていた。
 一つは、なんとなく脳裏をよぎったとおりハーフヴァイザー型のHMD。
 そしてもう一つも眼鏡型のウェアラブル端末だった。

 とりあえず、HMDの箱を開けて取扱説明書を流し読み。

 全ては装着して電源をオンしないことには始まらないと判明するや、崎陽はすっくと立ち上がりヒーローへ変身するかのように被り着け、「スイッチ~・オン!」と電源ボタンを物がましくプッシュ。

 眼前に広がったのが、HMDを装着する前の自室の中であることに崎陽は少しばかり驚く。
 内側が視野と変わらぬ広角ディスプレイになっているヴァイザー部分を上げて、直接自身の眼で確認して見るも、状景は全く同じ。

 HMDにはカメラが搭載されていて、装着者の目線と一致するようにレンズも数箇所にセットしてあった。
 それらが撮影する映像を表示していただけと判断した崎陽は、ヴァイザー部分を下ろしなおすと辺りに頭をふって部屋を見まわす。

 初めての格別なアイテムにもかかわらず、違和感がないという違和感を愉しんでいる最中、端なくも部屋のドアがノックされて、崎陽は尻毛が抜かれたかのように驚き立ち竦む。

 全く知らない音の響きとたたき方。
 母親だったならばノックなどせずに開けているし、下の姉は祖母のお供で温泉旅行中。
 祖父も父親も用があったら大声で呼びつけるのが常で、そもそもこんな時間に仕事から戻るはずがなかった。

「えと、あのぉ、崎陽敏房キュン、だよねっ。お部屋に入っちゃってもい~い?」

 やはり全然知らない、それも同年代としか思えない女子の声に、崎陽はますますブッ魂消ながらも「……誰? 何で勝手に上がって来たんだ。不法侵入ってヤツだぞ……」と、どうにか声を絞り出す。

「キャハハ! まんまとリアルだって勘違いしちゃってるぅ、これはXRなのっ。今、崎陽キュンが被ってるD‐ヴァイザーの中だけにしかいないんだから和加はぁ」

「エッ、VRやらARやら人為的リアリティー全部をひっ包めた融合現実とか言うヤツか? ならこの声、HMDから聞こえてるのかよ? 方向だけでなく、ドアの向こうで、口がどの高さにあるかまでわかるんだけど……」

「そだよぉ、騙されるくらいの臨場感でしょう。ちなみに、HMDなんて一くくりにされたら台ナシ~、これはD‐ヴァイザーUT999Pねっ。ネェネェいい加減お部屋に入れてよぉ、いろいろ説明しなきゃでしょ~? 第一、和加を呼んだの崎陽キュンなんだしぃ」
 
「呼んだって……オレは、スイッチ入れただけじゃないかっ」

「ネェネェいいでしょう? リアルで入るわけじゃなし、一応、礼儀で言ってるだけなんだからぁ。もぉウジついてるなら、ウザいから入っちゃえ~」

 バ~ンと開き、崎陽が通う桜嶺の制服を着た女子がランララ~ンと入って来る、勿論D‐ヴァイザーに映る部屋のドアから。

 妙なリアルさに、拒否の文句も非難も吐けなかった崎陽だが、その動揺のせいか、入って来た和加の首から上だけが曖昧模糊としてしまっていて、はっきりと見定まるまで寸秒かかっている気がしてならない。
 しかし見て取れた和加の顔貌に、崎陽はさらなる動揺、動顛(どうてん)をしてしまう。

< 和加‐イメージイラスト>


 スミレ色から限りなく透明にグラデーションして、背景が透けぼやけて見えるアニメチックな髪色はさておき、毛先にかけてくね跳ねさせたセミリーレングスのヘアスタイル。
 それが相応しいばかりなまでに活発発な気性を感受させる目鼻立ち。いざとなった時には、担いだり負ぶって逃げ走れそうな華奢さと身丈(みたけ)感。
 和加の実在しているかのごときモデリングは、崎陽のかなり歪形で狭い好みのストライクゾーンでもド真ん中と言っていい。

 それが崎陽の目前二メートルの間近さでくるりと回り、ただでさえ短いスカートの裾を(ひょう)(よう)させてベッドへちょんと腰を下ろすものだから、崎陽の方が一歩、大きく居退(いの)いてしまっていた。
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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