031 戦う前に負けることを考えるタイプ…… side A
文字数 2,118文字
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髪型など、どうでもいい崎陽なので、丸剃りの結末を易易と迎えようが一向にかまわない。
しかし、鬼母の腹癒せに頭を丸めるなんてことを、崎陽に忍受できるはずもなかった。
のみならず、東亰二三区のほぼ真ん中に位置する千馱ヶ谷へ向かっている経緯を、ざっくり説明した和加からも、
「崎陽が頭を丸めたら笑いが止まらなくなっちゃうぅ。もう完全に、お味噌スリスリ小坊主だし~。そんなの絶対に勘弁してっ」
そう、ツッケツケに非言される始末ときている。
とにかく崎陽は全力および本気で、一 面目に備 んと攻戦 ふ、しかなくなっていた。
現在、桜嶺高校サヴァゲ愛好会OBたちが出してくれたクルマの一台、そのミニヴァンの最後部で引き起こされた補助シートに、崎陽は練習戦の装備がつめ込まれたバッグの山を隣に一人座を占めている。
なので和加との会話は、カーオーディオのスピーカーが出力する音楽にも遮蔽され、前の座席には、聞き取り難い崎陽独りの世迷言としか思われない。
そんな状況をいいことに、和加と崎陽は普段どおりの心置きのない言い合いを続けている。
丸剃りはともかくとして、鬱陶しさも限界にきている崎陽なので、散髪をしないわけにはいかない。
となれば、耳の周りがすっきりしたあとには目立つイヤフォンは使い難くなってしまう。
その対応策として、目下これまで漫ろわしさから避けていた骨伝導モードに、崎陽が慣れておくための格好の試験場にもなっていると言えそうだった。
ミューツアルグラスの骨伝導モードから、イヤフォンを耳孔へ挿入するよりもクリアに聞こえるその音質の高さに絶佳な技術レヴェルを覚える崎陽だが、和加が頭蓋に直接唇をつけて語りかけてくるような立体感たっぷりな声に、崎陽はどうにも慣れてしまえる気がしてこない。
けれども、和加からの聞きのがせない情報に傾聴さえすれば、何の支障もないことだけは既にしっかりと馴致 できてきていた──。
「え? 中坊なのか、その椎座って奴は」
「そう。帝政義学大附属では、遊戯性が高い競技は運動部ではなく、文化部と同じあつかいで中高合同になっているから。中等部の三年生、崎陽の一つ下になるわね」
「それで、絶対エースなのかよ?」
「そう。だって体格的には崎陽より二まわりは大きいカンジ、二メートルを超えた身長で一〇〇キロ近い体重……それも、一昨日測定した体脂肪率は四・三パーセントですって~」
和加は集めた画像を選りすぐり、椎座・ジュリアス・凱填の真の姿がわかるモノばかりをミューツアルグラスへ表示させた。
「こいつが? フ~ン、椎ぃ座ぁねぇ……」
「あ~確かにぃ、シーザーっぽい名前だわね。賽 じゃなく、サイだってブン投げちゃいそうだけれど」
表示画像から見受けられる椎座の優り様は、魁偉さばかりでなく、戦隊ヒーローシリーズならば、ブルーのポジションを熟すために生まれてきたような伽羅 クサいイケメンぶり。
流行も最先端を追っていることが明白な画像毎に異なるヘアスタイルも、いずれもバッチリ似合っていた。
血気漲る歯茎に一本一本確確と並ぶ皓い歯が目映いほどの豪爽な笑顔からも、同じ男子でありながら、全く違う充実度の生き方が誇示されているとしか思えない。
そんな心疚しさが、一気呵成と崎陽を苛 んでくる。
「……こいつって、リア充どころの騒ぎじゃないよな絶対っ」
「のようね。校内にも周辺の女子校にもファンクラブ的な組織があるぅ、まだ局地的だけれどキャ~キャ~だわ」
「そ……」
「サヴァゲにハマってしまうまでは、ジュニアサッカーで世紀の怪物と評された存在だもん。人気の根強さは本物でも、応援者の大半が、サッカーのメジャー街道へ早く戻って欲しいと熱望しながら見守っているカンジ~」
「けっ。インプロージョンしちまえってのっ」
「いいわねそれ、爆裂あとの掃除が楽そうで。ネェネェ倒し甲斐があるんじゃなぁい? 鬼全開で闘ってみるのにも絶好な相手かもだわっ」
「ったく、変に調子が狂うっての。女子ならフツウ、下卑ったオレをそげなく冷罵して、とりあえずキャ~キャ~の一員に列 らくもんじゃね? 和加が早くも鬼全開だろが」
「当然よっ、おフザケでも列らいたりしていられないキャ~な敵だもの」
「まぁ確かに……しっかし、まいるよなぁガチで」
「エ~ッ、まいちゃうなんて、崎陽が今から言っちゃうのぉ?」
「こんな奴は、鬼だろうとモブがまぐれでも勝っちまっていい相手じゃないっての。鬼を酢に指して喰うようなもんで、どうせ観戦にも集まりやがるキャ~キャ~連中から、ギャーギャー喚き殺されるのが目に見えら」
「はい? 鬼に、そんな甘ちこい弱点なんかあったの?」
「鬼を何だと思って……って言うか知らないのか? 『泣いた赤鬼』って童話や、
「フ~ン、けれどキタシロサイほどではないでしょ。それに崎陽には普段からワタシがギャーギャー喚き散らしているから、もうかなり鍛えられているはずぅ。負けた時の弁解にはならないわねっ」
和加はガンガと声量を上げて言い放つ。
髪型など、どうでもいい崎陽なので、丸剃りの結末を易易と迎えようが一向にかまわない。
しかし、鬼母の腹癒せに頭を丸めるなんてことを、崎陽に忍受できるはずもなかった。
のみならず、東亰二三区のほぼ真ん中に位置する千馱ヶ谷へ向かっている経緯を、ざっくり説明した和加からも、
「崎陽が頭を丸めたら笑いが止まらなくなっちゃうぅ。もう完全に、お味噌スリスリ小坊主だし~。そんなの絶対に勘弁してっ」
そう、ツッケツケに非言される始末ときている。
とにかく崎陽は全力および本気で、
現在、桜嶺高校サヴァゲ愛好会OBたちが出してくれたクルマの一台、そのミニヴァンの最後部で引き起こされた補助シートに、崎陽は練習戦の装備がつめ込まれたバッグの山を隣に一人座を占めている。
なので和加との会話は、カーオーディオのスピーカーが出力する音楽にも遮蔽され、前の座席には、聞き取り難い崎陽独りの世迷言としか思われない。
そんな状況をいいことに、和加と崎陽は普段どおりの心置きのない言い合いを続けている。
丸剃りはともかくとして、鬱陶しさも限界にきている崎陽なので、散髪をしないわけにはいかない。
となれば、耳の周りがすっきりしたあとには目立つイヤフォンは使い難くなってしまう。
その対応策として、目下これまで漫ろわしさから避けていた骨伝導モードに、崎陽が慣れておくための格好の試験場にもなっていると言えそうだった。
ミューツアルグラスの骨伝導モードから、イヤフォンを耳孔へ挿入するよりもクリアに聞こえるその音質の高さに絶佳な技術レヴェルを覚える崎陽だが、和加が頭蓋に直接唇をつけて語りかけてくるような立体感たっぷりな声に、崎陽はどうにも慣れてしまえる気がしてこない。
けれども、和加からの聞きのがせない情報に傾聴さえすれば、何の支障もないことだけは既にしっかりと
「え? 中坊なのか、その椎座って奴は」
「そう。帝政義学大附属では、遊戯性が高い競技は運動部ではなく、文化部と同じあつかいで中高合同になっているから。中等部の三年生、崎陽の一つ下になるわね」
「それで、絶対エースなのかよ?」
「そう。だって体格的には崎陽より二まわりは大きいカンジ、二メートルを超えた身長で一〇〇キロ近い体重……それも、一昨日測定した体脂肪率は四・三パーセントですって~」
和加は集めた画像を選りすぐり、椎座・ジュリアス・凱填の真の姿がわかるモノばかりをミューツアルグラスへ表示させた。
「こいつが? フ~ン、椎ぃ座ぁねぇ……」
「あ~確かにぃ、シーザーっぽい名前だわね。
表示画像から見受けられる椎座の優り様は、魁偉さばかりでなく、戦隊ヒーローシリーズならば、ブルーのポジションを熟すために生まれてきたような
流行も最先端を追っていることが明白な画像毎に異なるヘアスタイルも、いずれもバッチリ似合っていた。
血気漲る歯茎に一本一本確確と並ぶ皓い歯が目映いほどの豪爽な笑顔からも、同じ男子でありながら、全く違う充実度の生き方が誇示されているとしか思えない。
そんな心疚しさが、一気呵成と崎陽を
「……こいつって、リア充どころの騒ぎじゃないよな絶対っ」
「のようね。校内にも周辺の女子校にもファンクラブ的な組織があるぅ、まだ局地的だけれどキャ~キャ~だわ」
「そ……」
「サヴァゲにハマってしまうまでは、ジュニアサッカーで世紀の怪物と評された存在だもん。人気の根強さは本物でも、応援者の大半が、サッカーのメジャー街道へ早く戻って欲しいと熱望しながら見守っているカンジ~」
「けっ。インプロージョンしちまえってのっ」
「いいわねそれ、爆裂あとの掃除が楽そうで。ネェネェ倒し甲斐があるんじゃなぁい? 鬼全開で闘ってみるのにも絶好な相手かもだわっ」
「ったく、変に調子が狂うっての。女子ならフツウ、下卑ったオレをそげなく冷罵して、とりあえずキャ~キャ~の一員に
「当然よっ、おフザケでも列らいたりしていられないキャ~な敵だもの」
「まぁ確かに……しっかし、まいるよなぁガチで」
「エ~ッ、まいちゃうなんて、崎陽が今から言っちゃうのぉ?」
「こんな奴は、鬼だろうとモブがまぐれでも勝っちまっていい相手じゃないっての。鬼を酢に指して喰うようなもんで、どうせ観戦にも集まりやがるキャ~キャ~連中から、ギャーギャー喚き殺されるのが目に見えら」
「はい? 鬼に、そんな甘ちこい弱点なんかあったの?」
「鬼を何だと思って……って言うか知らないのか? 『泣いた赤鬼』って童話や、
鬼味噌
って言葉をさぁ。鬼は悪ぶれている内が華、本当に悪だと認識された瞬間から、存在そのものを否定されちまうIA分類の絶滅危惧種も同然なんだってのっ」「フ~ン、けれどキタシロサイほどではないでしょ。それに崎陽には普段からワタシがギャーギャー喚き散らしているから、もうかなり鍛えられているはずぅ。負けた時の弁解にはならないわねっ」
和加はガンガと声量を上げて言い放つ。