064                      side B

文字数 2,056文字

 崎陽がドアを開けると、和加はフワリと席を譲るように奥へズレてもくれた。そんな、いやにリアルな真似までされては、浮かついた気分も崎陽の急速冷却されてしまう。
 きときと乗り込んだ崎陽は、ドアも極力丁寧に閉めた。

 そしてクルマの発進と同時に開口一番、
「まだ怒ってるなら言いわけさせてもらうけどさ、オレのパチンコじゃ椎座は倒せなかったんだってガチで」
 と、崎陽は目一杯背中を丸めてフィフへ頭を下げておく。

「……え、私に言っているのかいそれ?」

「ホント悪かったっ。けどオレじゃ全力のストレートで撃っても、椎座には対応できちまう弾速でさ。あいつはマジにガチの怪物なんだって」

「……怒ってはいないよ。それは見ていて私もカンジたことだけど、その釈明には齟齬があるよね。ピスタへ掩護に徹するのではなく、トドメを刺してもいいと指示出ししたのは、椎座に全力ストレートの撃ち込みをする前だったはずだよ」

 フィフは、ルームミラーに映る目さえも上げず、淡然とした返答。

 崎陽は、

言質(げんち)が取れたことで、おずおずと頭を上体ごと戻していく。

「……そうなんだけどさぁ、その解釈にも齟齬があるって。相手の全身が見える距離での撃ち合いなんてのは、フツウ一発、多くたってもう一、二発撃ちなおせば決着しちまうんだ。ピスタが掩護に出てたら、手づまりで間違いなく二人してやられてたと思うんだよな」

「まぁ、そうだったかもだよ。だから本当に怒ってなんかいないし、逆に、私が椎座にスクワート‐キャノンを使用させたことを詰らないのは、高評価に値するよ」

「あたりまえだろ、オレだってそこまでニブかない。フィフが実体弾同士にしてくれたから、撃ち合いにもなったに決まってら。でなけりゃ、オレは椎座を直接目にすることなく、気づけもしない内に草葉の隙狭間(ひまはざま)から、極太ビームを撃たれて倒されてたって」

「……もしかして、崎陽が怒っているのかな? 私に」

「違うって。これから何を言い出されるのかにビビってるだけ。もうわかったろ、オレは椎座クラスには勝てやしないんだから。オレに噛ませて呑もうとするのはやめて欲しいんだよな、それもまだフワフワしてる時に。負けたら、鬼は鬼でも殺人鬼とか、無意味に完全に一生を棒にふる鬼に身を堕しちまいそうなんで」

「フ~ン。……勿論、崎陽に闘わせて、戦果だけをせしめようなんて思ってないよ。私は、どうせなら、できることをしておきたいだけだよ。怒るべきは、きっかけをつくり続けているセラフィムだと思うよ」

「当然あいつらには激怒ってるけど、天使も最上位なんぞを気取ってる痴れ女子どもに、一介のモブが文句をつけてもムダ、極力関わらないようにするしかないんだっての。って言うか、またあいつらのせいで、オレを狙う奴が出て来たってわけなのか?」

「そうとも言えるけど、実は私、椎座とつき合うことにしたんだよ。それで、思い描いていた勢力図が、大きく塗り替えられてしまったと血迷った奴が出て来たわけだよ」

「……どう言う意味だ? オレとの協定や同盟への話はもういいってか?」

「違うよ。椎座に口説かれたからOKしただけ、つまり椎座のカノジョになったと言うわけだよ。私の身長の高さは、カレにとっては貴重だったみたいでね。だからこれを機に、崎陽も椎座と協定か同盟を結ぶといいよ」

 フィフはバックミラーの中で片笑んで見せる。

「……いつそんな? まさか政略、って言うより計略交際かよっ?」

「アハハ、ヒドい言われよう。でもよく考えてみなよ、人間は基本的に自分の利益になる相手だからつき合うんだよ。それに、断わる理由がないんだ椎座には。まぁ崎陽とピスタにまんまとやられて呆然自失しているところへ、私から慰めと励ましの言葉をかけはしたけど、それだけで(なび)け落ちてしまう椎座とも思えないし」

 そんなことはない、と頭をふるのをどうにか堪える崎陽だった。
 フィフならば、椎座から口説き文句を誘い出す言葉くらい、幾らでもかけられる気がしてならない。

「やっぱ、オレの考えが及ぶ範囲をブッ飛び超えてて、頭痛が痛くなってきた……確かに余所目には、お似合いの二人に見えそうなだけに複雑だよな~」

「疑疑を疑いたくなるけど、それは祝辞と受け取っておくよ」

「そ? ならよかったけどさ──」言葉とは裏腹に、目色(めいろ)に猜疑を強める崎陽だった──「もし、椎座を倒したのがオレだったら、それでも椎座に声をかけたのか?」

「……ハハ。どうだろう? やっぱり言葉はかけたと思うよ。椎座が初めて倒されたショックで、立ち尽くすことは変わらないはずだし。その特別な憐れさは、無言でスグ様その場を離れて、レフェリーの役目を続けるなんてできないほどだったんだよ」
  
 しゃしゃりと言って退けようとしてくれるフィフには、崎陽も言いがかってしまわずにはいられない。

「けどさ、慰め方も励まし方も違ったんじゃね? 逆にオレが倒されてても、かける言葉はちゃんと考えてあったはずだろ」

「さぁ? 何が言いたいのか、よくわからないと答えておくよ」
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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