059 ののの の獣…… side A

文字数 1,889文字

「……チョット、どう言うことなの崎陽?」堪らず問い聞く和加だった。

「見てのとおりさ。椎座も相棒の指示を疎かにして、ピスタまでが丸太に登るとも、立ち並んだその上を跳び移って来れるとも思わなかっただけのこった」

「確かにそう、なんだけれどぉ……」

「だって、椎座が見てる表示は高低差までわからないわけだし。ならしょうがないけど、光線剣の一本を、クツ紐で大きくブン回しての時間差攻撃で襲われるなんてことも想像だにしてなかったよな。それも、オレとのハンデなんて高をくくってたピスタにさ。てか、だからこそ成功したに決まってるんだけど──」

 崎陽は、ようやく変わった風向きとともに、周辺が静まり返っていたことも知覚する。
 軽く顎を上げての上目づかいで、何かをつかもうと上空もチェック。

「……何なの?」

「この空気、なんかヤバくね? 囲まれてたりするのかもう? 勝負って、つく時は実に呆気も味気もないからな、だろ?」

「話を逸らさないでよ、まだすっきりできていない内にぃ。大丈夫だし警戒も怠ってはいないから」

「そ? ……オレがスニーカーを脱いで投げたのも、ピスタが仕掛ける光線剣の一本を、椎座の視野からはずすには、紐の長さが足りなさそうだったからさ」

「……ウ~ン。それで?」

「オレのは片っぽ分で足りたみたいだけど、両方脱いで、ピスタに攻め込みをせっつくカンジで投げておかないと、椎座に勘づかれちまうかもだろ? なんとなくピスタとはうち合わせてたんだ、言葉より、ほぼ動きでさ」

「そうだったのね。納得はイマイチできないけれど……それで? ピスタが怪物クンに勝っちゃって、どうなるわけこのバトルは?」

 そう和加が尋ねる間にも、椎座の初黒星がアナウンスされて観戦席が連鎖爆発を起したかのように響動めきだした。
 TTF時とはまた別の大叫喚がフィールド中を蓋い尽くす。

 それでピスタは足を止めた。
 設置位置は定かではないものの、周囲に配されているカメラに向けてピスタは大見得をきるがごとく、勝利のポーズをアングルを変えながら再再ととり続け、自身へのブーイングでもって椎座の退場を花道で飾ってやる。

 そして次第に「サッカー! サッカー!」と、ジュニアチーム時代からのサポーターを中心に、これまで以上の大声援に変わっていった。

 崎陽もやおら我に返ると、和加への返答を思い出したみたいに会話を再開させる。

「てか、どうもこうもないって。ピスタが、サヴァゲプレイヤーとしての椎座に引導を渡したってこった」

「え……だから?」

「ったく、聞いときながらぁ。だからこれで椎座はサッカー部行きが確定っ、オレももうこうして試合に託けてバトらされる目にも遭わなくなるってわけだ。何せ大学まで続いてるガッコなんだ、あと八年近くも手放しちゃもらえないだろうしさ」

 対して和加は、「そんなことは聞いていないのっ。怪物クンとつながるヌースを併呑してしまうための、SIMの獲得は一体どうなっちゃうわけ?」
 そう、しっかりと待ち倦み気味に返した。

「……悪いな。でもいいだろそんなの、椎座にはガタイに見合う世界なんかを見据えた大志ってヤツがあるんだし、司令官タイプの相棒もホントのバトルでこそ本領を発揮しそうだしさ。善鬼から金棒をとりあげちまったら、オレはガチで悪鬼もいいトコだろが」

「何よそれぇ……」

「大体、和加が女司令官を子分に従えても、全然噛み合わない冷戦状態になるだけじゃね?」
  
「勝手な思い込みを言ってくれちゃって。怪物クンが、崎陽からの勝利を諦めてくれる保証がどこにあるわけ? 次は第三者の目もルールもない、もうこんな公明正大で安全な条件下ではなくなっちゃう可能性が高いのにっ」

「もう、椎座とはバトらない。再戦を迫って来たって逃げるだけ~、椎座は闇討ちとかをする性分じゃない。強引に来られても、必ず相棒とつながった状態でなけりゃダメなんだから、最悪、攻撃の寸前には和加が気づけるんだし。だろ?」

「そうだけれど、でも──」

 崎陽は言い被せで話を遮る。
「和加こそ何だっ。避けて躱して逃げ隠れするだけなら、和加だってオレを信用してくれてたんじゃないのかよっ?」

 崎陽は、歩みに腿上げ動作を織り交ぜて和加の視界を小刻みにゆすり、逃げきり自慢を念押ししておく。

「……しているもの信用は。今も、あらためてさせられたし……」

「なら変に欲をかくのはやめておこうぜ、穴埋めはほかでできる限りするから。あらためるまでもなく、実戦知識とか戦闘技術とか、人間兵器になるための情報が入手できたって、オレの耳には論語や東風も同じで、鬼の念仏にもなりゃしないんだし」
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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