029 サヴァゲ超人に目をつけられたら…… side A

文字数 2,611文字

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「御免くださぁい、おはよ~ございますぅ!」

 鼻にかかった割りによく通る来客の声に寝驚いた崎陽は、玄関から届く、応対に出た母親の他所行き口調全開の話し声が(かん)(さわ)りまくって、完全に覚醒させられる。

 くぐもって聞こえてくるため、会話の内容はよくわからないものの、とにかく自分の名前なんかが言い交わされているようなので気にならざるを得ない。

 枕元から、目覚まし時計を引っ掴んで、見れば九時過ぎ。崎陽にとって日曜の朝にはまだ早い時刻。
 実に迷惑なことだとベッドからもさもさ起き上がり、大アクビをしつつの伸びを終えたところへ、遂に母親の角立つ呼び声が崎陽を襲った。

 上下バラバラのジャージというしだらない格好だが、運好く、どちらもまだ寝間着歴が一箇月ほどで着萎(きな)やしてはいなかったため、何用かなど見当もつかないながら崎陽はそのまま部屋を出る。

 今の発せられた声調的に、モタつけば客がいるのもおかまいなしに母親は怒鳴りだす。どこへも出かけてくれない可能性がある日曜だけに、機嫌を損ねるのは得策ではない。

 ──そして。玄関にいたのは、どうやら、昨日戦ったサヴァゲ愛好会の会長および副会長のよう。
 そんな予期もしない事実を、その二人の背後から顔を覗かせている澤部によって照察した崎陽は、しかるべき気疎ましさから、階段を忍び忍び降りていた足も途中で自ずと止まってしまう。

 これは完全に、和加から情報を得ておきたいレヴェルの意味不明シチュエーション。

 しかし、ベッドから起き上がるとともにミューツアルグラスを掛けるかD‐ヴァイザーを装着する、という限りなく契約事項に近い約束を失念していたとバレれることにもなって、結局和加から鬼のように激怒されてしまう……。
 
 まごつきやグズつきになる前の一瞬に、そんな思いを巡らせた崎陽だが、その様は同じ一瞬の間でしっかり澤部の目に留まる。
 当然、思い(たゆ)むこともなしに「あ、来ました来ましたセンパイ」と、母親への御機嫌伺いを続ける会長と副会長に知らされてしまった。

「あぁ、ガチでまだ眠っていたのか。悪いんだけれども崎陽君、急遽PGの申し込みがきてしまってね。今日これから一緒にJBして欲しいんだ。交通費も昼食代も会がもつし、必要な装備も昨日みたく全て貸すので、君はお得意のパチンコ一式だけもって来てくれればいい」

 会長から直接話しかけられたのはこれが初めて。
 先ほどの、駅員じみた声での呼びかけはこの会長だったかと崎陽は合点する一方、話の内容自体はまるで合点がいかない。

「え~と……何言われてるのか、日本語なのにさっぱりなんですけど?」

「今から説明するんだよっ、だから降りて来てちゃんと聞けっての」

「てか澤部、今日はオレいい加減に床屋へ行かないと。そこの鬼母に鬼激怒られるんで、どこかへつき合うなんてムリ。わかるだろ鬼ヤバだってこと、おまえなら?」

「……とにかく聞けよ、頼むからっ」

「それに会長さん、昨日そこの澤部へ送信しときましたよね? ルールを守らないヤカラとはもう関わりません。悪いけど帰ってください、朝メシ喰いたいんで」

「何チンケなことを上からほざいてんだっ。あの帝政義学大附属からPGの申し込みがきたんだぞ、それもセラフィム経由で! 絶対に断われないし、逆に願ったり叶ったりだ、BGWとCUCの二冠連勝記録を更新してる全国トップで、世界ランクなら一三位の絶好の相手なんだからなっ。逃げたとか思われるわけにはいかないんだ断じて」

 澤部は前に会長と副会長、二枚の盾があるせいもあって、その狭い間から崎陽以上の端張(はたば)りに出た。

 それは()しくも、鬼母呼ばわりに勃如と反応した崎陽の母親の腹立ちを抑え、母親の逆鱗に触れることで、この状況そのものを御破算‐なかったことにしてしまいたかった崎陽の目論見も御破算と化す。

「……ったく、知らないってのそんなの。オモチャの光線銃でドンパチってことなら、それこそオレは関係ないだろ全然」

「ドンパチ言うなと言ったよなっ、練習戦のことだPGってのは。どうせJBもピンときてねぇんだろこの無知がぁ、参戦しろって意味だジョイン・ザ・バトル!」

「だからオレの知ったことかよ、この無恥が。あぁそうそう、昨日みたいなのをまたやろうって誘いなら絶対ムリ。腕を負傷しちゃってるんでオレ、今日はとにかく安静モードで過ごさないとダメなんだよな」

 崎陽は思い出したかのように左腕を摩って見せる。

「負傷? どうして、まさか昨日のゲーム中に、あの敷地内でやっちゃったのか?」

「マズいぞそれ、話が違ってくる。もうDEの施設内でできなくなるだけじゃ済まなくなる」

 会長も副会長も遽遽然(きょきょぜん)と、三和土を一歩踏み込んで上がり口まで、崎陽がいる階段の方へと辺つく。

「あ~いえ。そうじゃなく、帰る途中でいきなりピスタチオみたいな狂犬に襲われちゃって。避けきれなくてチョット強めに打撲しただけですけど、とにかく今日は安静にしとけと、助けてくれた妖しい外国人に言われたもんで」

「そっか、それならよかったんだけど──」

「よかないでしょ会長! でも、お大事にとも言えない状況なんだよ崎陽っ」

 会長と副会長から漫才じみた滑稽さを嗅ぎ取り、崎陽は失笑を堪えての薄笑いで応じる。

「いや~、だってヘタに逆らうと、もっとヤバい事故に遭わされそうな奴だったんですよね。ガチに今日くらいは大事にしとかないと、あぁクワバラクワバラ~」

「フザケてんじゃねぇ。とにかくおまえが来ることが唯一の条件なんだし、ウチと帝政義学大附属がPGするネタはセラフィムがもう拡散しちまってる。てか、あの三人はバトルを実況しようって、もう指定のフィールドへ向かってるはずだ」

「だからそれ、オレに何の関係があんだよ?」

「あんの! 今さらボツるなんて許されないぞっ、また何をどう拡散されるかわかったもんじゃないんだし」

 威勢はさらに増すものの澤部はむしろ半歩退き、右肩を壁につけての寄りすがり態勢を整えだしているあり様。

「大体さ、どしてオレが唯一の条件なんだよ、そんなガッコからして知らねぇし……てか、あいつらに一体何を拡散されたって言うんだ?」

「おまえが知らなくても、セラフィムが配信する情報は、首都圏で暮らす十代の大半が何気にチェックしてんだよっ。そん中に帝政義学大附属サヴァゲ部の主将がいても、全然不思議じゃねぇし、その拡散力と影響力にビビれよもっと!」
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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