020 side B
文字数 1,884文字
長いサラサラな前髪の分け目を広げ、後ろ髪も大きく靡かせながら、頭と上体はほとんど上下動させずに駆け寄せて来る様は、結構な威圧感。
だが、同じく無言‐無表情でも待ちかまえられる崎陽ではなく、それを凌ぐ一発芸のダッシュ力で、常套かつ必勝の手段を反射的に選択し動いていた。
あちらが、歩行者用通路を無視して駐められた自転車の間を突っきって来るのならばと、崎陽もショートカット。ガードレールを跳び越えて、広さがある駐車スペースへ走り出る。
「チョット? 何やっているの崎陽っ、スイッチ押してスイッチ!」
和加の騒 りは聞き流し、崎陽はあと先なくスパートをかけた。
「逃げるな! 闘う意志がないならば敗北と同義。貴様の首の代わりに、その青紫色縁眼鏡を置いて行けっ」
制服男子の声は半ばから裏返り甲高さを増す。
「一人でフザケやがれ! 逃げるが勝ちだってぇのっ」
走力は微微とも緩めずにそう言い返した途端、崎陽の右肩が軽くなる。
背後の地面から届いた軽燥に跳ね散る音で、ドローンを振り落としてしまっていたのだと察した崎陽は急ストップ。
さらにその勢いをコロす目的でも回れ右。
──見れば、音からカンジたとおり、もはやドローンは、なおしようもない残骸となっていた。
斜めにスッパリ切断され、三機が大きく六つとこまかい破片になってしまっていることで、背後に向けていたエコバッグが大きく底部まで斬られたのだと、崎陽はようやく理解する。
「貴様が逃げるからだ……闘う気になったかこれで?」
制服男子も五メートルほど離れた位置で立ち止まっていた。
嵩張る荷物を肩から提げていたとはいえ、崎陽は加速中の距離内にあった自分の全力疾走を追いあげて来られたことにまず一驚。
そして、さらに距離をとらないことには再び斬りかかられる、というよりも、剣先が届いてしまうことになる脅威に驚異を禁じ得ない。
ところが、制服男子の手には刀剣の類は握られていなかった。
その代わりに、手の甲から人差し指の付根にかけて金属パーツが付くグローヴを、両方の手にしている。
そこから強烈な、目には見えない鋭刃を出しているのではないか?
という当て推量が、ぼんやり崎陽の脳裏で浮かびはしたけれども、それでどうするべきかまでは浮かんでこない。
ただそのムカつきが、腹を立てるべきだとだけ教えていた。
「……こんの野郎ぉ──」
「怒鳴るなっ。話は聞いてやろう、とにかく声さえ荒げなければ、傍目にはそれこそフザケているとしか映らない。こんなに少ない人通りならば尚更だ」
その言いまえ、制服男子の余裕だと崎陽はカンジずにはいられない。
いつでも斬れる間合、そこに自分がいることが確定した崎陽は、焦る一方で胆が冽冽 と座りだす。
「何しやがんだよいきなり。弁償しろ弁償っ、幾らか知らねぇけど怒られるだろが。一体どこの坊ちゃまだ? て言うか鬼かっ、よくも他人の物を気咎めもなくたたき斬れるよな。そんなチャチさでも、高性能で多機能なカメラとかオート姿勢制御とか搭載してるらしい凄ぇドローンなんだぞ」
そう崎陽なりにドスを利かせ動作にも荒気を込めたが、制服男子は鼻で笑うのみ。
「……可笑しな奴だ、自分の身より供与物の心配か?」
制服男子は、足元で散乱するドローンの残骸の一つへ視線を落とすと、軽く足蹴にして退かす前に、踏み躙 りまで入れての挑発をした。
「おまえこそ笑える野郎だな。ダメになっちまったあとからそんなことされたって、意味ねぇってのっ。話を聞くだけじゃなく答えろよ、そのボタンがない学ランからしてキテレツだが、一体どこの坊ちゃまガッコだぁおまえ?」
「干葉県の習忘野市にあるセント・ピューリタニカ学院。キリスト教プロテスタント主義、それもカルヴァン派のミッションスクールね。ただのお坊ちゃまではなく、サンドハースト張りのガッチガチな士官学校ってカンジ~。そいつの氏名は玄牟植 よ、崎陽より一学年上で、これまたガッチガチのフェンシング部員だってぇ」
玄牟が言い渋る態度を見せるよりも先に、和加が心早く一つかみに答えてしまう。
「……文句の一つもなく、どした和加、なんか余裕っぽくね?」
「だって~、そのおマヌケお坊ちゃまが、壊れきっていないドローンの残骸を踏んづけてスイッチを入れてくれちゃったからぁ」
「そりゃマヌケだな。あはは……」
「これで、あのロボットとそいつとの通信にあれこれできちゃってるし、急いでスタンドアローンになろうと手が出せるぅ。とにかくそいつは普段からそんなカンジ、思い込みが強すぎて、部だけでなく全校生徒からも煙たがられているの」
だが、同じく無言‐無表情でも待ちかまえられる崎陽ではなく、それを凌ぐ一発芸のダッシュ力で、常套かつ必勝の手段を反射的に選択し動いていた。
あちらが、歩行者用通路を無視して駐められた自転車の間を突っきって来るのならばと、崎陽もショートカット。ガードレールを跳び越えて、広さがある駐車スペースへ走り出る。
「チョット? 何やっているの崎陽っ、スイッチ押してスイッチ!」
和加の
「逃げるな! 闘う意志がないならば敗北と同義。貴様の首の代わりに、その青紫色縁眼鏡を置いて行けっ」
制服男子の声は半ばから裏返り甲高さを増す。
「一人でフザケやがれ! 逃げるが勝ちだってぇのっ」
走力は微微とも緩めずにそう言い返した途端、崎陽の右肩が軽くなる。
背後の地面から届いた軽燥に跳ね散る音で、ドローンを振り落としてしまっていたのだと察した崎陽は急ストップ。
さらにその勢いをコロす目的でも回れ右。
──見れば、音からカンジたとおり、もはやドローンは、なおしようもない残骸となっていた。
斜めにスッパリ切断され、三機が大きく六つとこまかい破片になってしまっていることで、背後に向けていたエコバッグが大きく底部まで斬られたのだと、崎陽はようやく理解する。
「貴様が逃げるからだ……闘う気になったかこれで?」
制服男子も五メートルほど離れた位置で立ち止まっていた。
嵩張る荷物を肩から提げていたとはいえ、崎陽は加速中の距離内にあった自分の全力疾走を追いあげて来られたことにまず一驚。
そして、さらに距離をとらないことには再び斬りかかられる、というよりも、剣先が届いてしまうことになる脅威に驚異を禁じ得ない。
ところが、制服男子の手には刀剣の類は握られていなかった。
その代わりに、手の甲から人差し指の付根にかけて金属パーツが付くグローヴを、両方の手にしている。
そこから強烈な、目には見えない鋭刃を出しているのではないか?
という当て推量が、ぼんやり崎陽の脳裏で浮かびはしたけれども、それでどうするべきかまでは浮かんでこない。
ただそのムカつきが、腹を立てるべきだとだけ教えていた。
「……こんの野郎ぉ──」
「怒鳴るなっ。話は聞いてやろう、とにかく声さえ荒げなければ、傍目にはそれこそフザケているとしか映らない。こんなに少ない人通りならば尚更だ」
その言いまえ、制服男子の余裕だと崎陽はカンジずにはいられない。
いつでも斬れる間合、そこに自分がいることが確定した崎陽は、焦る一方で胆が
「何しやがんだよいきなり。弁償しろ弁償っ、幾らか知らねぇけど怒られるだろが。一体どこの坊ちゃまだ? て言うか鬼かっ、よくも他人の物を気咎めもなくたたき斬れるよな。そんなチャチさでも、高性能で多機能なカメラとかオート姿勢制御とか搭載してるらしい凄ぇドローンなんだぞ」
そう崎陽なりにドスを利かせ動作にも荒気を込めたが、制服男子は鼻で笑うのみ。
「……可笑しな奴だ、自分の身より供与物の心配か?」
制服男子は、足元で散乱するドローンの残骸の一つへ視線を落とすと、軽く足蹴にして退かす前に、踏み
「おまえこそ笑える野郎だな。ダメになっちまったあとからそんなことされたって、意味ねぇってのっ。話を聞くだけじゃなく答えろよ、そのボタンがない学ランからしてキテレツだが、一体どこの坊ちゃまガッコだぁおまえ?」
「干葉県の習忘野市にあるセント・ピューリタニカ学院。キリスト教プロテスタント主義、それもカルヴァン派のミッションスクールね。ただのお坊ちゃまではなく、サンドハースト張りのガッチガチな士官学校ってカンジ~。そいつの氏名は
玄牟が言い渋る態度を見せるよりも先に、和加が心早く一つかみに答えてしまう。
「……文句の一つもなく、どした和加、なんか余裕っぽくね?」
「だって~、そのおマヌケお坊ちゃまが、壊れきっていないドローンの残骸を踏んづけてスイッチを入れてくれちゃったからぁ」
「そりゃマヌケだな。あはは……」
「これで、あのロボットとそいつとの通信にあれこれできちゃってるし、急いでスタンドアローンになろうと手が出せるぅ。とにかくそいつは普段からそんなカンジ、思い込みが強すぎて、部だけでなく全校生徒からも煙たがられているの」