016 side B
文字数 2,042文字
「それをわかってくれただけでも今回は収穫かも~」
「……そ? なら、オレにも収穫になる情報をくれよ」
「チョット待って崎陽、正面のドアが開かなくてもガラスをブチ破っちゃダメよっ。裏へ廻れば窓枠からない場所があるから、そこから入るようにね。階段も音をたてて昇ると外へ響きそう、所所窓が割れているし、屋上へ出る扉も既にない上に口が敵のいる方へ向いているから」
「了解。なんだかガチに余裕で勝てそうな気がしてきたっ」
和加に指摘されたドアに鍵がかかっていなかったことからも理運を覚え、一層足を速める崎陽だった。
「油断禁物でねっ。勿論勝たせるけれど、余裕なんて調子にノるだけのモノはあげませ~ん。崎陽には勝ってからでは無意味だから、勝つ前に兜の緒を締める癖をつけなくちゃ」
「へぇへぇ。しばらく黙るぞ、これから階段を昇るんで」
「気をつけてよね。崎陽って、フツウじゃないことができる代わりに、フツウあり得ない大ドジもしちゃうんだからぁ……」
崎陽が沈黙を確言したしばしの間に、言い勝ち高名をあげておこうと和加が顎を鳴らし始めた言ぐさは、しつこくもまた先日終了した定期テストの結果に対するモノだった。
なので崎陽も、六階分の蹴上 を一気に駆け上がろうという意気が思いきりソがれてしまう。
……言明に違わずバッチリであった。和加の傾向と対策は。
崎陽も受験のためにすらしなかった鬼哭啾啾 なまでの勉強量でテストに臨みはした。けれども、あまりにバッチリすぎて空恐ろしくなってしまい、設問の三分の一程度は解答欄をズラして普段よりも少し良い点に抑えつつ、和加の教え方もバッチリと結果を出している証拠立てもしなければならなかった。
が、それはガリガリの進学校ではない桜嶺高校であっても、教師たちの反感を招き担任と学年主任の対唱攻撃で指導を喰らったばかりか、掲示板に貼り出される総合成績トップテンに名を連ねる以上の悪騒ぎになる手陥 りにもなってしまった。
言うまでもなく、ポツポツと吹聴して廻ったのが、月並みな成績に終わった澤部であり、その下燻 りをも勢焔にしてSNS研究会のセラフィムが焚き煽り立てたという次第。
和加に疑惑をもたれないよう、テスト中も指導の呼び出しを喰らった際も、ミューツアルグラスははずして電源をオフの上で仕舞い込んでおいたため、そんな小胸の悪い現実が崎陽を襲ったことを和加には直接知られずに済んではいた。
けれども、ネット上で言いたい放題にされた風評はさておき、崎陽が凡愚な解答の記入ミスをやらかしたことになる事実だけは明確至極。
なので和加からは、こうして折節あるたびに戒告されるハメにまでなっている崎陽だった。
「もう昇りきるけど階段、このまま屋上へ出ちゃっていいのか?」
崎陽はボソリ、続いていた和加の小言を断ちきる。
「あら、いいんじゃないその用心深さ? また平伏 す必要まではないけれど頭を低くして出た方がいいわ。一人はほぼ同じ高さで寝そべっているから」
「……ガチか? そんな位置だったなんてなぁ」
「出たら右手側、煙突が見える方角にある建物よ。でも自分の目で確認しようとしちゃダメ、今相手が覗いているスコープの向きと角度は違っても、覗くのをやめられたら充分視界に入っちゃうだろうし」
「……そいつは、絶対有効射程八〇メートルって奴だな? ヨッシャ和加、こまかい指示をくれよ。今、長距離用をセットするから」
屈んだ姿勢でも屋上の胸壁越しに突端が窺えた煙突の方向へ、崎陽は念のため四つん這いで移動、ベストと感じた位置で足を投げ出して座り込む。
腰のストラップをリリースして脇へと置いたヒップバッグの中から、崎陽がとり出したのもまた、これまで左手に握っていた近距離用とは別に、崎陽の要望に沿うよう和加が用意した特注品のスリングショット。
俗にいうパチンコだが、こちらは一〇〇メートルを超える射程を得るため、高伸縮性のCNT混合ゴム製ワイヤーの両端にアブミのような金具が付き、それを両足の爪先に嵌め込んで自身の両脚と胴体でY字をつくりラウンダルを発射する仕様。
単純かつ簡便すぎるが、まだ電動ガス銃を知らない幼少期に、自作したパチンコの数数で遊びまくった崎陽にとっては、何より手慣れた武器と言えた。
さらには弾丸の代わりに、直進性と飛距離を出すための科学的理論と計算に基づいた設計で案出された数多ある形状から、和加が数値シミュレーションを重ねた上で選んだモノは、スリングショットで射出し易いソロバンの玉を押し潰したような五〇〇円玉サイズの円盤形で、そのまま小円盤を意味するラウンダルと呼ぶことにされている。
「いい崎陽? 発射角度は必ず練習どおりにね、それがヒットへの絶対条件なんだから」
「あいよ……」
「今広げている脚幅の三分の二だけ右を向いたら、それがほぼ真正面になるわ。敵までの距離は一〇四・二七、高低差一・五七。吹くとしたら七時の方向から風速四程度まで、射線上に大きな湿度や大気密度の変化はナシ……」
「……そ? なら、オレにも収穫になる情報をくれよ」
「チョット待って崎陽、正面のドアが開かなくてもガラスをブチ破っちゃダメよっ。裏へ廻れば窓枠からない場所があるから、そこから入るようにね。階段も音をたてて昇ると外へ響きそう、所所窓が割れているし、屋上へ出る扉も既にない上に口が敵のいる方へ向いているから」
「了解。なんだかガチに余裕で勝てそうな気がしてきたっ」
和加に指摘されたドアに鍵がかかっていなかったことからも理運を覚え、一層足を速める崎陽だった。
「油断禁物でねっ。勿論勝たせるけれど、余裕なんて調子にノるだけのモノはあげませ~ん。崎陽には勝ってからでは無意味だから、勝つ前に兜の緒を締める癖をつけなくちゃ」
「へぇへぇ。しばらく黙るぞ、これから階段を昇るんで」
「気をつけてよね。崎陽って、フツウじゃないことができる代わりに、フツウあり得ない大ドジもしちゃうんだからぁ……」
崎陽が沈黙を確言したしばしの間に、言い勝ち高名をあげておこうと和加が顎を鳴らし始めた言ぐさは、しつこくもまた先日終了した定期テストの結果に対するモノだった。
なので崎陽も、六階分の
……言明に違わずバッチリであった。和加の傾向と対策は。
崎陽も受験のためにすらしなかった
が、それはガリガリの進学校ではない桜嶺高校であっても、教師たちの反感を招き担任と学年主任の対唱攻撃で指導を喰らったばかりか、掲示板に貼り出される総合成績トップテンに名を連ねる以上の悪騒ぎになる
言うまでもなく、ポツポツと吹聴して廻ったのが、月並みな成績に終わった澤部であり、その
和加に疑惑をもたれないよう、テスト中も指導の呼び出しを喰らった際も、ミューツアルグラスははずして電源をオフの上で仕舞い込んでおいたため、そんな小胸の悪い現実が崎陽を襲ったことを和加には直接知られずに済んではいた。
けれども、ネット上で言いたい放題にされた風評はさておき、崎陽が凡愚な解答の記入ミスをやらかしたことになる事実だけは明確至極。
なので和加からは、こうして折節あるたびに戒告されるハメにまでなっている崎陽だった。
「もう昇りきるけど階段、このまま屋上へ出ちゃっていいのか?」
崎陽はボソリ、続いていた和加の小言を断ちきる。
「あら、いいんじゃないその用心深さ? また
「……ガチか? そんな位置だったなんてなぁ」
「出たら右手側、煙突が見える方角にある建物よ。でも自分の目で確認しようとしちゃダメ、今相手が覗いているスコープの向きと角度は違っても、覗くのをやめられたら充分視界に入っちゃうだろうし」
「……そいつは、絶対有効射程八〇メートルって奴だな? ヨッシャ和加、こまかい指示をくれよ。今、長距離用をセットするから」
屈んだ姿勢でも屋上の胸壁越しに突端が窺えた煙突の方向へ、崎陽は念のため四つん這いで移動、ベストと感じた位置で足を投げ出して座り込む。
腰のストラップをリリースして脇へと置いたヒップバッグの中から、崎陽がとり出したのもまた、これまで左手に握っていた近距離用とは別に、崎陽の要望に沿うよう和加が用意した特注品のスリングショット。
俗にいうパチンコだが、こちらは一〇〇メートルを超える射程を得るため、高伸縮性のCNT混合ゴム製ワイヤーの両端にアブミのような金具が付き、それを両足の爪先に嵌め込んで自身の両脚と胴体でY字をつくりラウンダルを発射する仕様。
単純かつ簡便すぎるが、まだ電動ガス銃を知らない幼少期に、自作したパチンコの数数で遊びまくった崎陽にとっては、何より手慣れた武器と言えた。
さらには弾丸の代わりに、直進性と飛距離を出すための科学的理論と計算に基づいた設計で案出された数多ある形状から、和加が数値シミュレーションを重ねた上で選んだモノは、スリングショットで射出し易いソロバンの玉を押し潰したような五〇〇円玉サイズの円盤形で、そのまま小円盤を意味するラウンダルと呼ぶことにされている。
「いい崎陽? 発射角度は必ず練習どおりにね、それがヒットへの絶対条件なんだから」
「あいよ……」
「今広げている脚幅の三分の二だけ右を向いたら、それがほぼ真正面になるわ。敵までの距離は一〇四・二七、高低差一・五七。吹くとしたら七時の方向から風速四程度まで、射線上に大きな湿度や大気密度の変化はナシ……」