080                side B

文字数 1,622文字

「はい。今やクルマも、都市部では、交通手段と言うよりはファッションですので。わが社の得意分野と言えるのです。御用命があれば、お望みどおりの仕上がりをお約束いたしますよ」

「あっそ……なんかどうにも、あんたに協力する気には皆目なれないけどさ、現時点では、オレから攻撃するのだけはやめとく。でも、しつこいと容赦できないんで、そこだけヨロシクお願いしとくよ」

「ええ。それでヨシとしなければなりませんね、現時点においては」

「とにかく和加に聞くだけ聞いてみないと。あんたに言われて思い当たる節は、そりゃぁもう節節にありまくるし。でも、そもそも信じられない思いが一番強くてさ」

「そのようですね。一応、了承はさせていただきますけれども、こんな中途半端な所で別れたくなるほどに、ワタクシのことを嫌ってしまいましたか、同志崎陽?」

「てか、理解できないことが理解できただけ。それにここはウチへの近道だ。迂回しても、向こうの道へ戻れば、門の前でオレの姿が見えちまうだろ?」

「……どう言うことでしょう? 確かに我が社のクルマは、そうした位置に停めさせていただいていますけれども」

「ま。オレのアホ度は呆れが宙返りするほどなんで、あんたが理解できないのも至極当然だって。ここからはこうやって帰るのさっ──」

 崎陽は、右手側にある高さ一六〇センチほどのブロック塀に駆け寄ると、風通しのために開けられている飾り部分を足がかりにして、ひょひょいと塀を登りだす。

 大股にもかかわらず、バランスを崩さずにわずか三歩で塀の上へ到達。
 尻目づかいに星林を見下ろすと、常識など一切通用しないことをアピールするようにニッカと笑っても見せる。

「……わかりました。しつこくするつもりはありませんけれども、須世理姫から全てを聞き終えて、納得しきった頃にまた連絡させていただきます」

「もういいって。それにオレ、結構忙しいんだよヒマ潰しでガチに」

 崎陽が鹿爪(しかつめ)らしく放つ戯れ言に、初めて同年女子らしく相好を崩す星林だった。

「……とにかく、APの能力は人間の尺度では測れません。たとえ道具のようにあつかおうとも、難なく依頼を片づけてくれます。APには、ワタクシたちなど所詮のろまで惰弱(だじゃく)な手足でしかないのですから」
 
 星林が言い終える前に、崎陽はくるりと背を向けて離れだす。

「んじゃ、さっさと帰って儲けろや。もう二度と待ち伏せすんなぁ、特にこの辺はクルマの窓くらい、ビンタ一発ではたき割る鬼ババが出るんだ。オレもたぶん窮鬼(きゅうき)の類なんで、あんたの商才が目減りしたって知らねぇからな~」

 スタタタッと足早に、自宅の裏隣になる二軒を区切っている塀の上を突っきりながら、つけた助走で、崎陽は自宅一階部分の(ひさし)へ跳んだ。

 その廂も踏み台に、一階の屋根に片足をかけて全身を上げる。同時に高く上げた両手の紙袋もヴェランダの内側へ下し入れると、その両腕で手摺りを押さえ、全身も支えて崎陽は無事に自宅二階への到達を果たす。

 立ち去る気も起こらない内に、その一部始終を目撃することになった星林だが、唖然かつ瞿然と呆然までしてくる中、崎陽はチラとふり返りもせず、ヴェランダの手摺りもひらりと越えて自分の部屋へ姿を消してしまった。

 崎陽に塀の上を駆け渡られた家の住人が、遅まきながら≪今し方、横切って行った影は何なのか?≫と、窓を開けて怪訝な顔を出したため、その塀の内側からの音と気配に、星林も遽然と納め顔をつくりつつ左向け左。
 ししらしんと歩きだし、一刻も早くこの場から遠退いておく以外にない。

 そのために、星林も目にも止まらぬスマホ使いで、後方の見えない位置で待機させていたクルマを呼び寄せる。

 ──息を軽く吐き整え、スマホを制服のポケットへ丁寧に戻しながら、星林は思わず独り言つ。

「あれが崎陽敏房、ですか……間違いなく、ダークホース的オルターエゴゥなのでしょう。椎座・ジュリアス・凱填をも自らで倒せていたはずですよね、本当は……」
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登場人物紹介

当作は ”ワケあり” ということから、情報ナシにてお愉しみいただければと……

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