第50話 コーヒーもう1杯

文字数 1,242文字

 インスタントコーヒーを初めて飲んだのは、小学校6年生くらい。家で皆で飲んだ。クリープと、砂糖を3杯も入れて。
 一家にテレビが1台。父と母と姉がいた。豊かではないが、あったかかった。

 父がレギュラーコーヒーをもらってきた。仕事で通っていた東大病院の先生から。
 父は矯正靴の職人。障害のある患者さんの靴を作っていた。
 偉い先生から月に1度くらい、コーヒーの粉とネルのドリップの器具をいただいてくる。
 最初はどう淹れるのかわからなかった。母が適当に淹れたのだろう。砂糖をたくさん入れて、本物は違うね、なんて言ったっけ。
 
 姉が買ってきた雑誌に、銀座の『カフェ・ド・ランブル』という店のコーヒーのコラムだかエッセイが載っていた。

 私は、初めてコーヒーに酔った……

みたいな。
 だから、1度行ってみたかった。高校のときに友人を誘って飲みに行った。
 運んできた男が、
「ミルクはかき混ぜないでお飲みください」
と。
 酔ったかどうか? 砂糖も入れたし。
 場違いだった。

 就職してサイフォンを買った。憧れだった。
 秋の夜長にコポコポと。ボブ・ディランのレコードを聴きながら。
『コーヒーもう一杯』

 でも、そのあと洗うのが手間だった。それに、すぐに割ってしまった。 

 コーヒーミルも買った。手動の時間がかかるやつ。

 そのあとはコーヒーメーカー。豆を挽いてから淹れるのも。すごい音がする。
 でも、姉が嫁ぐと、飲むのは私だけ。

 結婚しても夫は滅多に飲まない。子どもも、コーヒーを飲む歳になると、一緒には飲まない。家にはいない。
 そのうち、ひとり用の手軽なドリップに。

 最近の話。『美の壺』という番組でコーヒーを特集していた。
 そしたらまた、豆から挽いて淹れてみたくなった。ネットで電動ミルを頼んだ。
 時間の余裕ができたからゆっくり楽しむ。ひとりの時間……
 ところがミルが壊れた。

 思い出した。健康のために、煮干しと昆布と緑茶とかつお節を、粉砕していたミルがあったはず。
 あったけど、見事に煮干しの匂いが。よく洗い、コーヒー豆を挽いて、それは捨てた。2度目に挽いたコーヒーは……気持ち、煮干しの匂いがが……
 でも、それから何十回……

 店で豆を煎ってもらう。冷凍しておくのがいいそう。
 煎りたて挽きたて淹れたてのコーヒーを飲む。
 歳をとって、アイスコーヒーは飲まなくなった。夏でも熱いのを飲む。地獄のように熱いコーヒーを。

 ときどきは、夫がコーヒーを淹れてくれる。私がなかなか起きない朝。
 インスタントだ。
 それがおいしい。コーヒーと砂糖とミルクの微妙な配合。濃くて、かなり甘いが。

 3歳の孫が来ているときにコーヒーを飲もうとしたら、
「ボクもコーヒー飲む!」
と。
 紅茶にして、牛乳と砂糖を入れたらひどく気に入り、来るたび、
「おばあちゃん、紅茶飲もう!」
と。
 ふたり、揃いのティーカップで飲む。孫はスプーンでフーフーしながら飲む。
「一緒に飲んでくれるのはあんただけよ」
「あんたって言っちゃいけないんだよ」 
「……」
 
 
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