第22話 半世紀前の教室で

文字数 1,320文字

 中学2年のとき、転校生がいた。学校には来なかった。すでに、不登校だったらしい。
 その頃はまだ、不登校という言葉はなかった。登校拒否という言葉も聞かなかった。 
 来ない生徒はそれまでは、いなかった……と思う。

 男子のS.ちぐさ君。
 共に過ごした生徒の名は忘れたが、1度も会っていない男子の名は覚えている。
 ちぐさ、という名は女子にもいなかったから、覚えているのだろう。
 
 その後、どうしただろう? 今、どうしているだろう?
 担任の数学の教師は、ちぐさ君は元々不登校だったから、しょうがないと言った。
 だが、3年も終わり頃だろう。女生徒が来なくなった。
 理由は明らか。
 数学の時間、先生は生徒ひとりずつの身長と体重を言わせていき、黒板に点を付けた。
 男子は平気だった。私はまだスマートだったから、
「154センチ45キロ」
 いつまでもそのままでいたかった。

 ひとりの女子が、口を閉ざした。
 体型を気にする年頃だ。ピアノの上手なおとなしい、髪の長い雰囲気のある人だった。
 男の教師は、その時点で、気持ちをわかっていなければならなかった。悪気はなかったのだが、ふざけた。
「60キロか?」
とか言い、男子が笑った。
 彼女は無言を貫き、翌日から学校へ来なくなった。

 先生は反省しただろう。家にも通ったろうが彼女は来なかった。
 そして、彼女と同じコーラス部の高砂(たかさご)さんが朝の迎えを頼まれた。私は、高砂さんに、一緒に来て、と頼まれた。
 迎えに行くと、彼女はカバンを持って出てきた。穏やかな様子で。
 しかし、家を出ると踏ん張った。別人のようだった。カバンを投げ、叫び、私たちは諦めるしかなかった。
 卒業式にも彼女は来なかった。

 我が娘も小学校6年のときに、ひとりの友達とうまくいかず、不登校になった。もう、無理やり行かせるのは、ダメ……みたいな知識もあったので、休ませた。
 休みながら、娘は明るくエプロンをして料理を手伝ったりした。
 幸いにも数日休んだあと、保健室登校し教室に戻れたが。
 今は2人の娘がいる。あの経験は、役に立つだろう。

 なんて、書いていたら思い出した。中学、2、3年のときの同級生の男子A君。
 私が誰かに押されたかして、そのA君にぶつかったとき……思いもよらない言葉が返ってきた。
「気持ち悪いな」
 その言葉は思春期の女子には、かなりこたえた。打撃だった。
 誰にも言わなかったが。ポーカーフェイスは得意だし。
 それ以来、そのA君とは話さなかった。また、言われるのでは、と怖かった。元々、話す子ではなかったが。
 卒業して、年月が経ち忘れていた。何度かあったクラス会にも、A君は来なかった。

 そして、結婚して子供が産まれたあとのクラス会……
 皆が近況報告していく。
 音楽好きな子は音楽関係の仕事を。頭の良かった子は教師に。
 私より勉強できなかった子はパールの素敵なネックレスをし、奥様に。

 不登校の彼女は来ない。

 A君は来た。久しぶりに。
 10年ぶりに会った。彼は、愛想良く皆のところへ来て酌をした。
 私の隣にも来た。私にも酌をした。私は日本酒を飲んでいた。
「色っぽいな」
とAは言った。
 私も酌をした。憎らしいAはまた言った。
「しかし、色っぽいな」
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