第98話 オススメ上手

文字数 1,432文字

 ブティックで働いていた頃、美しい背の高いスタッフが、かがんだ時に叫んだ。
「上から見ないで」
 白髪ではない。カラーが落ちている部分を見られたくないのだ。カラーは3週間に1度。
 あれから20年以上経つがどうしているだろうか? 美しい人は健在か? 

 姉は比較的早い時期から白髪が出て気にして染めていた。3週に1度。私はひと月に1度だが、気にする人は3週で染めるようだ。
 姉は独身の頃から美容には手間と金をかけていた。顔のマッサージは毎日。旅行でも欠かさない。
 馴染みの化粧品屋へは月に1度。マッサージをしてもらう。美容にかけた金は私とは比べ物にならない。トリートメントにシャンプーも高価なもの。美容院も頻繁に。
 なのに、オシャレなのに可哀想なくらい髪は薄くなっていた。ある日、デパートについて行った。ウィッグの販売。
 大勢来ていた。女性用なのに夫婦で来ている方もいた。旦那様が気にするのか? 奥様にはきれいでいてほしい、と。

 担当の店員さんは、綾小路きみまろさんのように話がお上手だった。ニコニコニコニコ、あれやあれやと思う間に、頭の大きさに器具があてがわれ、合わされお買い上げ……七……十万円也。
 デパートのお食事券をいただいて豪華なランチ。

 でも、さすがに素敵だった。アフターケアも素晴らしい。毎月提携美容院で丁寧に地毛もトリートメントしてくれる。旅行の多い姉は上手に使いこなしていた。

 実は、私も勤めていたブティックで販売した時、価格は姉が買ったものほど高くはなかったが、売れなければ、ひとりひとつよ……と言われ購入していた。
 売れたのは店長だけ。
 だいたい、イベントのダイレクトメールを出せば常連さんは来ない。電話をすれば、なお来ない。来れば付き合いで買わねばならぬ。常連客の金利ナシ、などというクレジットは、先の先まで支払いが……
 結局3人の売れないスタッフ全員が買わさ……購入した。それが当たり前の世界だった。コートや靴や、バッグならまだしも、娘の成人式の着物や、はたまた、イベントの高級ワインには付き合いましたが……ウィッグは……いらなかった。
 ましてや、夫には内緒。置く場所にも苦労する。
 クレジットを組んで買った未使用のウィッグは、必要な方に譲ってしまった。今なら必要なのに。

 施設の高齢者は、ほとんどの方は染めていないが、なかにはいらっしゃる。90歳過ぎても黒々と染めている方が。カラーで痛め続けるからぺたんこだ。もう、自然に任せたほうがいいのに。
 染めなくなると髪は元気になる。姉もグレイ・ヘアにしてからはボリュームが出てきて驚いた。

 さて、問題は自分だ。幼い頃からずっと横分けにしていた。ひと月たつと白髪の道ができる。分け目を変えても、逆向きにパーマをかけても、苦労してブローしても、時間が経てばくっきり分かれる。
 
 そこで、毎日テレビを観ている夫が勧めてくれた。
 白い生え際にポンポンポン……あら、便利〜今なら…‥初回限定〜〜〜〜
 あのね、あなたが勧めてくれた、シミが消える、若見え〜は消えなかったよ。

 それでもQRコードで簡単に頼めてしまうから…………
 うちのカリスマ店員に勧められ買ったのは、レンジで焦げ目がつける蓋付きの鍋、切れ味のいい包丁、足が長く見えるパンツ3本セット、等々。
 安〜い。

 あ〜あ、でもこれはすぐれもの。重宝しています。オススメ! お安いですよ〜。


【お題】 うちのカリスマ店員

『あれやこれや』と重複する部分があります。
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