第27話 長生きしませんから

文字数 1,432文字

 介護施設で働く若い女性は言う。
「年金、当てにしてません。結婚しません。長生きしません」
 長寿を幸せとは言えない。わかりすぎるくらいわかっている。
「口から食べられなくなったら、胃ろうは拒否する」
 入居するときは、家族もそう思う。そう記入する。
 が、いざ、その場面に直面すれば、家族は迷う。そして、胃ろうを選んだら……


 ネコヤナギさん、コーヒーが好きなのに、糖尿の数値が悪くて、砂糖禁止。パルスイートも禁止。しまいには、水分制限。1日に800ミリリットルだけ。
「熱くしてくれぃ」
と、言ってたけど、手元もおぼつかなくなり、こぼすので、熱い飲み物は出せなくなった。火傷したら大変だ。
 むせるので、とろみ剤も倍に。とろみのついたぬるいコーヒーなんて……

 制限されるのも気の毒だが、飲んでくれないのも困る。
 弱ると食べなくなる。飲まなくなる。
 食べないのは、
「また、あとにしましょう」
となるが、水分を取らせないわけにはいかない。ナースに言われている。

 コップから飲めないので、ストローにする。
 ズズズと一気に飲んでくれるカリンさん。100歳なのに元気だ。
 とろみ剤も使わない。
 粥に刻んだ副菜を、完食する。具無しの味噌汁も取って付きのコップで、ストローで最後まで飲み切る。
 食べたあとに言う。
「おなかが空いて死にそうなの。ごはんまだ?」

 モクレンさんはひと口食べると手を引っ込める。引っ込めた手を出させ、またスプーンを持たせる。介助してしまうと、職員が大変になる。
 麦茶にとろみを付け飲ませる。大量にビニールのエプロンに落ちるが、なんとか食べて飲んでくれる。 

 ゲッケイジュさんはもうほとんど食べない。ゼリー状のソフト食にペースト粥。水分はゼリー。それも時間をかけて介助する。椅子に座らせている時間は長い。姿勢を保てない。
 それを食事ごとに起こしてくる。
 職員は10人をひとりでみるのだ。
 
 仮名を付ける前に亡くなった男性は、水分が摂れなかった。ヤクルトがお好きなので、空いた容器にリンゴジュースを入れると、かろうじて飲んでくれた。

 ツゲさんは自歯があり、ご自分の髪留めまで口に入れて粉々にしたが……
 ある晩、脳梗塞で運ばれた。
 そして、家族は胃ろうにすることを決断した。

 やがて、ツゲさんは戻って来た。
 ほとんど寝ている。もう、リビングには連れてこない。
 ナースが部屋に入り食事を与えている。見たことはないので、どういうものなのかはわからない。
 私は洗濯物をしまいには行くだけ。
 ツゲさんはいつも、目を閉じ口を開けて寝ている。童謡のCDがかかっている。
 口臭がひどいので消臭剤を置いてある。

 疑問に思う。
 コロナ禍で、家族は面会もできないが、こんな姿を見たら……
 家族の負担も大変だろう。 
 介護保険はあるが、入居費、オムツ等雑費、電気代……

 胃ろうの費用はいくらかかるのか?
 費用の問題は今まであまり語られてこなかった。
 目の前の患者に対して、医療者は医療コストについてはほとんど無視して、治療方針を決めていることが多い。
 75歳以上の後期高齢者は1割負担だが、9割を負担してもらうのだ。
 自費だったらできない。
 介護保険も健康保険も先行きどうなるか?

 胃ろうによって長生きすることでかかってくるコストについては予測不可能!
https://medicalnote.jp/contents/150806-000008-CSIGKH

 死ぬのは怖いが、死なないのも怖い。
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