第77話 店長

文字数 1,108文字

 接客なんて向いてない。話すの下手だし、お世辞も言えない。
 それに、たぶん、人間嫌い。

 40歳過ぎて、ちょっと変えてみようか、なんて、縁があって飛び込んだブティックの店員。
 アパレル関係、死語で言えばハウスマヌカン。

 電話に出た。まあ、丁寧語は使えるが店長に注意された。1オクターブ高い声で話せ、と。
 はい、わかりました。
 素直です。褒められた。
 パート慣れしてない、と。

 ここは、絶対君主制、ではなく絶対店長制。
 やり手のカリスマ店長。社長も頭を下げる、メーカーの若い男性もひれ伏す伝説の店長。

 面接で女性のマネージャーに聞かれた。
「きついけど(店長の性格)大丈夫ですか?」
と、甘ったるい声で。
 スタッフはどんどん変わってきた。私が入った時には他の2名も入社半年以内。
 気に入らなければすぐ変えますから……とマネージャーの声が聞こえた。
 なんたって、売り上げを作っているのは店長だけ。売れるスタッフは……いらないのだ。

 世間知らずの奥様(私)は、店長にいろいろ教えていただいた。最高の接客をして買っていただく。
 入ってすぐにミスをした。 
 カード会社の控えをお客様に渡してしまった。平謝りの私。
 店長は電話してくれた。
 大変お手数ですが……

 いいお客様で、14年間倒産するまでずっと来てくださった。翌日すぐに持ってきてくださった。

 そのあとまたミスをした。スタッフ2人の出番の日、売れないままにレジ締めの時間が迫ってきた。
 飛び込んできたのは初めて見る方だったが、勧めるままに、1日分の予算以上買ってくださった。
 びっくりして、値札を1枚取り忘れ……あ〜あ、あ〜あ。
 喜びも吹き飛んだ。
 翌日店長に話すと、たまに来る方で、電話してくださった。
 大変お手数ですが……

 店長に教えていただいたことは多い。二十歳で母を亡くした私は常識知らず。店長には中元、歳暮、誕生日にはプレゼントを渡すのが常識なのだ。
 店には年賀。旅行に行けば土産代も半端ではない。
 店の服を着て売る。社販で毎月買う。給料の2割、3割…………それが常識。
 金は貯まらない。それに、アパレル業界は離婚率が高い。

 おしゃれなブティック。
 ここは、見栄と自慢と悪口とが渦巻く女の園。 
 おそろしや、おそろしや。

 いろいろあったが、倒産するまで14年頑張った。
 途中ふたりは辞め、新しいスタッフはコロコロ変わった。

 店は自転車で10分。父が認知症になりデイケアの迎えがあるから辞めると言ったときも、仕事中に抜けさせてくれた。(今思うとありえないこと)
 
 店長には大変お世話になりました。

『ブティックの客』という作品もできました。


【お題】 大変お手数ですが……
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み