第23話 半世紀前の教室に

文字数 1,660文字

 中学2年のとき、転校生がいた。
 男子のS.ちぐさ君。
 1年から共に過ごした生徒の名は忘れたが、1度しか来なかった男子の名は覚えている。
 ちぐさ、という名は女子にもいなかったから、覚えているのだろう。
 それに……
 
 担任の数学の教師は、ちぐさ君は元々不登校だったから、しょうがないと言った。
 だが、3年も終わり頃だろう。
 1日だけ登校したのだ。6時間目の数学の時間だけ。

 その日の数学の時間、先生は生徒にひとりずつ身長と体重を言わせていき、黒板に点を付けた。
 男子は平気だった。私はまだスマートだったから、
「154センチ45キロ」
 いつまでもそのままでいたかった。

 ひとりの女子が、口を閉ざした。Hさん。名字しか覚えていない。
 体型を気にする年頃だ。ピアノの上手なおとなしい、髪の長い雰囲気のある少女だった。
 男の教師は、その時点で、気持ちをわかっていなければならなかった。悪気はなかったのだが、ふざけた。
「60キロか?」
とか言い、男子が笑った。

 まずいな、と私は思った。繊細な少女だ。
 彼女は下を向いていたが、私は何も言えなかった。

 その時、
「先生、僕を飛ばしたよ」
と、声がした。
 皆が注目すると、いるはずのない席に男子が座っていた。

「S.ちぐさです。よろしく」

 ちぐさ君は注目を浴びた。外見からして……
「160センチ、80キロ」
 
 先生は反省しただろう。黒板に点はつけなかった。
「自己紹介します。
 僕はずっと引きこもり。でも、5年後に運命の女性に会うんだ」
 ちぐさ君は話上手だった。
「その人が、中学の卒業式に出られなかったのを悔やんでるからさ……
 素晴らしい人なんだ。引きこもってた僕に歌を勧めてくれた。彼女のピアノで僕は歌う。
 でも、今日はアカペラで……」

 ちぐさ君は歌った。聴いたことのない『カタリ・カタリ』
 太って、髪はロングヘア。顔の肉に目が埋もれているが、歌う彼は素敵だった。声は素敵だった。オペラ歌手のよう。

 ちぐさ君は下を向いていたHさんの前に歩いて行き、歌った。

 カタリ カタリ 君はわれを
 はや 忘れたまいしや
 嘆けども 君は知らじ
 悲しみも 知りたもうまじ
 ああ つれなくも いとおしの人よ
 われを思いたまわず……

 終わると彼女に礼をした。胸に手を当て、なんともカッコよかった。
 皆が拍手した。顔をあげた彼女とちぐさ君に拍手した。
 
 終業ベルが鳴るとちぐさ君は教師の後をついて職員室へ行った。
 しかし、途中で消えてしまったらしい。


 そして、結婚して子供が産まれたあとのクラス会……
 皆が近況報告していく。
 音楽好きな子は音楽関係の仕事を。頭の良かった子は教師に。
 私より勉強できなかった子はパールの素敵なネックレスをし、奥様に。

 そこへ、Hさんが来た。素敵な男性と一緒に。

 ちぐさ君が来た。10年ぶりに。
 10年ぶりに会った。彼とHさんは、愛想良く皆のところへ来て酌をした。ふたりの指にはペアのリングが。
 
 そして、ふたりで歌った。今度はイタリア語の『カタリ、カタリ』

 盛り上がったクラス会だが、ちぐさ君が来たのはそれが最初で最後だった。
 彼は海外のオーディション番組で優勝し、オペラ歌手になった。

 活躍しているらしい。  

✳︎

 某サイトの『転校生はタイムリーパー』というお題で投稿してみました。

 お題を考えていたら、ジョナサン・アントワンを思いついた。
 太った少年が歌う。並外れた桁違いの才能……

 ジョナサン・アントワンは、イギリスの国民的オーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」の2012年度の出場者。
 ジョナサン&シャーロットという男女のデュオで出場し、惜しくも優勝を逃し準優勝だったが、番組終了後すぐにレコード会社と契約しデビューを果たした。

 番組では、シャイで無口、自信なさげなジョナサンを、シャーロットが優しくサポートしながら歌う様子が視聴者の心を動かした。

 歌う前の審査員の冷ややかさと、歌い始めたときの反応の落差
https://youtu.be/G3dIGzaA9OM

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