第68話 告白

文字数 1,528文字

 【お題】 100円泥棒

 泥棒、なんて、真面目な私には縁のない言葉。
 100円泥棒……

 お題は、いろいろなことを思い出させてくれる。忘れていたことを思い出させてくれる。
 
 おとうさん。
 100円泥棒は私です。
 気がついていましたか?

 あの夏、あなたが作った家族旅行の貯金箱から、何度か100円玉をくすねました。

 半世紀前の夏休み、中学2年の私は本屋に入り浸り。どうしても欲しい本があった。忘れてしまったけど、たぶん探偵小説。
 お金が足りなくて、タンスの上にあった缶を逆さにしてみたの。
 あの缶は、中身はどうやって出したのだろう? コインを入れる切り込み以外、開ける場所はなかった。みかんか桃の缶詰じゃなかったのかしら?
 それに、あなたが自分で書いた東北地方の地図を貼った。

 あなたの故郷は東北の貧しい農家。15で東京に出てきたあなたは、頑張った。
 頑張って、ようやく家族を連れて、いなかに帰る。計画した東北周遊旅行。

 数ヶ月前から、家族で小銭を貯め始めた。あなたはときどきは少ない小遣いから千円札を。私と姉も小銭を。
 皆で協力していた大事な貯金から、私はくすねたのです。
 ピン留めで100円玉を出して、本屋に走った。

 ああ、題名が思い出せない。
 そんなことを2度、3度、4度、5度くらいやりました。

 旅行の前日に皆の前で缶を開けた。
「思ったより少ないな」
と、あなたはつぶやいた。
 まさか、私がしたことに気がついた?
 それとも、疑いもしなかった?

 東北旅行は楽しかった。上野から乗った汽車は混んでいて座ることもできず、途中まで身動きもできなかったけど。
 松島の遊覧船であなたは説明してくれたけど、私はわからなくて、あさっての方を見ていると笑われた。
 仙台からの夜行列車も混んでいるかと思ったら、すいてて座れてホッとした。
 あれ、旅館にも泊まらず、今思うとすごい節約旅行。朝早く青森に着いて、十和田湖巡って秋田の実家に。

 初めて会った祖母や伯父叔母は、なにを喋っているのかわからなかった。久々の、本当に久々の帰郷に親戚が大勢集まってきた。楽しい家族旅行だった。

 あなたは私が就職すると、母と毎年旅行した。北海道、山陰、四国。そのたび私と姉は小遣いを出し合った。いい娘たちだったでしょ?

 4度目の旅行はできなかったね。母はあなたよりずっと先に逝ってしまった。
 姉は嫁ぎ、私とあなたはふたり暮らし。私も頑張ったのよ。朝ごはんと弁当と、夕飯も作ったでしょ。
 若い私のほうが、小さな会社勤めのあなたよりボーナスがよくってさ。あなたに、背広とコートを買ってあげたわね。
 いらない、いらない、って言うのを連れ出して、大盤振る舞い。
 あれで、もう100円泥棒は帳消しよね。

 そのあと私は、あなたと郷里が同じ伴侶を見つけて、あなたは大喜び。酔うといなかの話をしていた。ふたりで1升、2升軽く空けて……

 娘ふたりのあなたは、男の孫ができたら大喜びで、デパートで兜を買ってきてくれた。あれも大盤振る舞い。
 あの兜は、あなたのひ孫にあげたからね。

 私が生活に大変になると、あなたはよく小遣いをくれた。私は子どもを連れて、ひとり暮らしの部屋を掃除に行った。
 酔ったあなたは大盤振る舞い。それを当てにしていた、情けな〜い。

 でも、やがてあなたには介護が必要になり、娘ふたりでよかったね。姉の家に引き取られ、私はよく面倒をみたでしょ? 長かったわ。
 義兄が、なにもしないのに根をあげてね。
 施設に入れて……民間の施設だから、あなたの年金では足りなくて、2年の間、足りない分は姉と折半。
 子どもに金のかかる時期で大変だったのよ。

 だから、もう、いいでしょ?
 100円泥棒のことは忘れましょ。
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