第41話 毎日いらっしゃいます

文字数 1,212文字

 姉の紹介でブティックに勤めたことがある。
 姉はおしゃれで、美容にも服にも金をかけていた。
 私が、当時働いていた工場の愚痴ばかり言うので、そのブティックに欠員ができると、店長に聞いてくれた。
「センスがなくても雇ってもらえますか?」

 センスはない。それ以前に金がない。子供が3人。
 学費も医療費もタダではない時代。自分にかける金はない。
 服は、入学式も卒業式も姉が貸してくれた。パールのネックレスまで。

 仕事は、週に3日。夜7時まで。
 無理だね。娘はまだ小学5年。
 ところがこの娘が、
「おかあさん、きれいな服着てるならいいよ」

 仕事の日は朝、夕飯の支度をしていく。まあ、週に4日は休みだから。
 最初は姉に服を借り、毎月店の服を買う。時給は良かった。14年間1円も上がらなかったけど。

 驚いたのは、お客様。
 毎日いらっしゃるのだ。
 ブティックとは、毎日来るところなのか?
 お暇な裕福な社長夫人や、元議員の奥様、仕事帰りのストレスの溜まった看護師さん、介護士さん。女社長に公務員。
 ブティックはそういう女たちの溜まり場。女の園。
 店長は愚痴を聞いてやり、自慢を聞いてやり、スタッフはコーヒーをお出しする。
 タバコが切れたと言えば買いに走る。孫を連れてくれば子守りまで。まるで下女のごとし。
 そして、高価な服を買っていただく。宝石を買っていただく。
  
 いちげんさんは相手にされない。どうせ、買わないから。
 それでも、ときどきはいらっしゃる。値段も見ずに買う方が。

 中でも、元議員さんの奥様、最初は上品な方だと思っていた。毎月クレジットカードで支払う。リボ払い。それを20年以上。
 絶対、過払い金があるはず。でも、家族には内緒だろうから、ご自分では請求できないだろう。
 
 いいお客様だ。毎日いらっしゃる。ときどきは日に2回、3回。
 ◯◯は毎日いらっしゃる。
 晴れの日も雨の日も。
 来られないと謝る。
「昨日はごめんなさいね」

 陰では○○のババアと呼んでいる。きれいな服を着てきれいなものを売っているのに、ひどいスタッフ。性格は歪んでいく。

 14年も頑張った。ファストファッションの店が増え、売り上げは減った。
 客も歳をとり、着て行くところもなくなった。
 常連客も減っていく。
 それでも◯◯は来た。
 もうお歳だ。
 コーヒーを飲み、茶を2杯3杯飲み、トイレを汚してお帰りになる。
 クレジットも限度額いっぱいで通らなくなる。

 もう、◯◯は歩くのも辛そうだ。
 それでも毎日いらっしゃる。

 ある日、店は倒産した。別の会社が引き継いだ。
 私は辞めた。
 店長と、もうひとりのスタッフは残った。
 ◯◯は相変わらず来るそうだ。
 やがて、に・お・う……
 お年を召されたら、漏れもする。ご自分では気づかれないが。
 
 ◯◯は来る。雨の日も風の日も。
 しかし、店はまたまたクローズした。
 もう、美容院になってしまった。

 ◯◯は、
 どうしていらっしゃるだろう?
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み