第82話 本命チョコだった

文字数 3,851文字

 高校時代は地味だった。どこをとっても派手だった人生ではないけれど。

 恥ずかしがり屋で、男兄弟がいなかったので、男子と話すのが苦手だった。臆せず話したり、冗談を言ったり、甘えたりできる子が羨ましかった。

 入学式に卓球部に勧誘された。運動部に入るつもりはなかった。球技は苦手だし、団体行動も苦手。料理部か手芸部、そんな感じ。 
 卓球部の先輩の男子が教室まで勧誘に来た。運動は苦手だと言っても、卓球部は運動量が少ないから大丈夫だとか。
 結局断れずに入部した。

 同じクラスから女子が私を含めて4人。他のクラスから女子がふたり。男子はふたりだけだった。
 女子は皆かわいくて、明るい子だった。特にA組のスミレは男子生徒の注目の的。
 彼女が通ると、3階の3年の男子クラスから拍手が湧いた。かつては男子校だった高校はその当時は女性徒は全体の3分の1。

 公立の進学校。不真面目な生徒はいない。先生には天国……
 漢文の時間、寝ていた男子生徒に怒った男性教師は教室から出ていった。あとで学級委員とその生徒が職員室に行き、謝り先生を呼び戻した。寝ていた男子は皆に謝った。
「オレのせいで悪かったな」
 あの子はカッコよかった。レスリング部の大久保君。
 のちに彼は、同じクラスの卓球部のナデシコの家に電話をかけてきて、出た父親に根掘り葉掘り聞かれ、
「おまえはなんなんだ?」
と乱暴に言われ、
「あんたには関係ない」
と言ってしまったそうだ。
 ナデシコの家は裕福で、おかあさんが作る弁当を皆でつついた。野菜炒めが入っていて、あまりのおいしさに私とヒマワリは作り方を教えてもらった。
 ニンニクを炒めてから……あとは適当。調味料は醤油に、たぶん酒だけ?
 あの味は出せるようになっただろうか?
 
 田端君は、クラスの目立つ女子3人に「交際してください」と手紙を出した。
 女子が黙っているわけがない。入学してすぐに呆れられクラス中の知るところになった。楽しい高校生活を思い描いただろうに、軽薄な男。
 
 
 卓球部が運動量が少ないなんて嘘ばかり。週に2度は基礎トレーニング。ランニングを3キロ。時々5キロ。美少女スミレは走るのも速かった。私はいつもビリから2番。ビリはナデシコ。
 優しい上野先輩(男)が励ましてくれた。当時は途中で水を飲んではいけなかった。不思議なことに、運動していたのにぜんぜん痩せなかった。足はますます太くなる。
 私の足は大根、ナデシコはアスパラガス、スミレはさつまいも、サルビアはゴボウ。(色が黒いから)
 リーダー的存在のヒマワリが付けた。私より太めの自分はなんなのだ? 
 ヒマワリは太めでも明るくて人気があった。楽しい人だった。ちょっと意地悪だけど。

 基礎トレーニングのあとはずっと玉拾い。最後の10分間だけ上野先輩が教えてくれた。私のところにはいつも上野先輩が来た。この先輩には片想い。

 卓球部の1年の女子は流行にも敏感で、私は話についていけなかった。マンボズボンを更に細くして穿いていたサルビア。ゴボウの足には似合っていた。
 サルビアはディスコに行き、喫茶店でアルバイトをしていた。
 でも、家におじいさんがいて、時々は尿瓶に尿を取ってやるんだとか……

 彼女たちとは部活以外でも遊びに行った。
 TBSでトップスのケーキを食べたり、シェーキーズのピザを食べに行ったり。(シェーキーズは2023年で日本上陸50周年だって)
 青山、表参道、新宿……6歳上の姉のミニスカートを穿き、化粧道具を拝借して出かけた。秋を見に行こう、なんてヒマワリは体に似ずロマンチックだった。

 ヒマワリは、よその高校のサッカー部の男子と付き合っていた。中学からの付き合い。強豪校の彼氏に弁当を届けに行くからと付き合わされた。
 太めのヒマワリはヒロイン……とは程遠いと思っていたが、楽しかった。
 のちに2人は結婚した。生まれた子供の体に障害があり、手術した。電話をすると、
「私は、逆境に強いのかも……」
なんて、言ってた。

 クラスでは、私はほとんど男子とは話さなかった。話せなかった。
 それでもひとり、そんな私に好意を寄せてくれた男子がいた。まわりの男子が聞こえるように冷かした。
「目黒はテッセンさんが好きなんだよ」
 話もしたことのない私の、なにを好きになったというのだろう? 明るくはない。どちらかといえば暗いほう。
 卓球部では引き立て役。ニキビのできない肌は羨ましがられたけど。それに指。手のモデルになれるよ、とヒマワリに言われた。
「手、だけ。顔は映らないから……」

 私はちょっと変わっていた。よく、変わっていると言われた。反応が少しおかしかった? まあ、慣れてしまえば変わっていると言われると気が楽。
 でも、どんな女だって、好意を寄せられれば、相手のことが気になるはず……

 しかし、目黒君にはそういう感情は起きなかった。しょうがない。
 頭がよく、よく発言し、先生にも一目置かれていた。明るい人だった。
 不思議だ。今まで思い出しもしなかったのに、彼の話し方がよみがえる……

 目黒君は吃音だった。
 話始めに少し吃った。
 しかし、誰もからかったりはしなかった。クラスには私より溶け込んでいた。
 私は、ポーカーフェイスだったから、男子もそれ以上は冷かさなかった。

 1度だけ、家に電話が来た。忘れてしまったが、授業でやるグループの発表のことか何かだったのだろう。
 当時は家の電話。母が出た。丁寧な言葉遣いで、最初は父にかかってきたのだと勘違いしたほどだった。
 目黒君とまともに話したのはそのときだけだ。話の内容は忘れてしまったが。
 告白されたわけではないし、私はポーカーフェイスを装った。
 ポーカーフェイスは得意だった。体育の平均台のテストは、落ちてしまったけど褒められた。ポーカーフェイスだと。
 音楽の歌のテストで音を外した時もポーカーフェイス。

 3年になりクラスが変わると目黒君とはそれきり。
 私が好意を持ったのは、最初はカッコいい部活の部長、副部長、優しい先輩、数学の教師、古文の講師……顔のいいクラスの男子。

 美少女スミレは部長と副部長と別の先輩や別の先輩、他の部活の先輩にも告白されていた。写真部のモデルも頼まれた。
 そして、なんと私はスミレと1番親かったのだ。手をつないで歩いた。腕を組んで歩いた。彼女の家にも行った。工場を経営していたのか、卓球台があり、そこで練習した。
 当時『スタイリー』という痩せる美容器具が流行っていて、彼女が持っていたので貸してもらった。
 やってみたけど、ぜんぜん痩せなかったけど。圧倒的に食べる量が多かったのだ。食事のあとケーキを3個とか。父の分まで食べていた。
 スミレにはよく恋の相談をされた。部活のOBもスミレがいるので、よく顔を出した。表情がいいのだそうだ。男が惚れるのは顔と表情。

 途中から、同学年の男子がひとり入部した。少しして、ナデシコに言われた。
「渋谷君、テッセンちゃんが好きなのよ」
 渋谷君とは普通に接していたのだろう。よく話しかけられていたかも。でも、背も高くなく……普通。ほんの少し片足を引きずっていた。

 のちにクラスの男子が話しているのを聞いた。渋谷君はひとつ学年が上でバイク事故を起こし休学していた。後輩を乗せていて、亡くなった……死なせてしまった。
 
 ある日電話が来た。3年の秋のこと。映画の試写会に行かないか、と。
 映画は夕方から。帰るのは夜……ちょっと信じられないだろうが、半世紀も前のこと。真面目な私は断った。夜遅くなるのはダメだわ、と。
 そのとき、たぶんバイク事故のことを聞いただろう。私はなんと答えたのか? 気の利かないやつ。
「渋谷君、辛かっただろうね」
 なんて、気の利いたセリフ言えなかったのだろうか? 電話だから言えたのか?
 彼が言った。
「嫁さんにもらってやると言っても、断るだろうしな」
「……」
 はあ?
 電話越しにポーカーフェイス。
 あれは、なんだったのだろう? そろそろ18歳。彼は19歳か。

 高校最後のバレンタイン。1年も2年もあげた人はいない。1年も2年もサルビアが買いに行くのを付き合った。あげる人もいないのに、選んで買って自分で食べた。

 最後のバレンタインもサルビアに付き合い買いに行った。サルビアは笑った。

 思い切って渋谷君に電話した。
「チョコレート、下駄箱の中に入れておくね」
 好きとか、そんなことはひとことも言わなかた。要件だけ告げすぐに切った。
 
 そして、そのあとは、顔も見られなくなった。恥ずかしくて。
 私は避けた。なんとなく。ふたりきりになるのを避けた。なんのためにチョコレートを渡したのだろう?
 渋谷君は、義理チョコだと思ったのだろう。

 何事もなく卒業。互いに告白もなく。進展もなく。未練もないのか?
 そもそも、あれは、告白だったのか、冗談だったのか?

 ときどき思い出す。カッコいい男に幻滅したとき。何度も片思いで幻滅した時……
 もしかしたら、素晴らしい男たちに好意を寄せられていたのでは?

 しかし、つまらない青春。もっと、異性と話せばよかった。
 鉄線のバリアを張らないで。 


  (了)


 鉄線(テッセン)はクレマチスの和名で、アジアやヨーロッパが原産の花です。

 凛としたかっこいい風貌と同様に花言葉も「美しい精神」などとされ、日本の清く美しい精神に通じるような綺麗な花言葉です。

 また、名前の由来には鉄線のような茎からこの和名がつけられたという説があります。
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