第45話 ネコと娘

文字数 1,066文字

 仕事が忙しかった。
 娘が起きる前に出勤、寝てから帰宅。土日も同じ。
 娘の学校には行ったことがない。しばらくどこにも連れていってない。
 
 娘が小学校5年の5月の連休、
「どこも行かないならネコ買って」
 娘は妻とペットショップに3週続けて行き、私に迫った。

 しかたない。

 アメリカンショートヘアーの真っ黒けは、シルバーの半額だった。
 ノラネコ? と聞かれたこともある。
 腹の模様はよく見ないとわからない。

 名前をいろいろ考えた。かっこよく、ノワールとか。
 8歳上の息子が言った。
「ディズニーに出てくるネコに似てない?」
 せわしないのがそっくりで、それに決まった。 
 フィガロ。
 女の子だけど。フィガロで決まり。
 フィガロの結婚のフィガロ。
 〜フィガロ、フィガロ、フィガロ〜

 娘は喜び世話を焼き、友達に見せに連れていった。
 私は久々の休み。こういう日に限って女房は仕事だ。
 昼から酒飲んでウトウト。
 そこへ娘から電話が。
「フィガロが木に登って降りてこない」
 酔った頭は回らない。 
 しょうがない。顔を洗い、公園まで歩いたら……大きな公園の前に消防車が!

 うわっ、友達が電話してしまったらしいが、フィガロは助けがくる前に飛び降りた。
 降りて逃げるのを皆で取り押さえた。
 もう、消防士さんに平謝り。ひらあやまり。

 でも、友達がたくさんいた。
 男の子もいた。


 次は何年も経ってから。
 フィガロは腹が弱く、よく下痢をした。
 これは、たまらない。
 トイレの便が片付いてないと、カーペットにする。座布団にする。
 妻の帰りは夜7時過ぎ。
 娘も紳士服店で働いていた。
 
 その日はボクが早かった。
 目に入った惨状に、思わず怒り窓を開け、スリッパを持って叩いた。
 床を。
 
 フィガロはベランダに飛び出した。 
 ちょうど、外壁工事で、足場が組み立てられていた。
 フィガロは足場を伝い、逃げていった。
 これはまずいと、猫撫で声。
「おいで、おいて、戻っておいで」
 フィガロはこっちを見ているが動かない。
 
 エサだ。エサで釣ろう。
 缶詰を開け、スプーンで叩いた。
「おいで、おいで、おいしいよ」
 下痢したネコがエサに釣られて戻ってきた。
 もう少しだ。そら、入れ。

 それからフィガロは何度も下痢をして、妻が医者に連れていった。エサを変えても薬を飲んでも、よくなってもまた下痢、下痢。
 朝、大きな声で泣いた。
 
 妻は朝1番で医者に連れて行き、検査するからと置いてきたら、すぐに電話がきた。
 10歳だった。
 娘は二十歳になっていた。
 世話もしない娘は、ポロポロ泣いていた。
 
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